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misakiのオールジャンル時事評論!


by misaki80sw

本日の雑談 2005/04/29


<昨日と今日の更新>

「人権擁護法」その7・・同和利権

日本+アジア諸国による海賊対策協定。


今日も雑談のみです。
珍しく歴史雑談でもします。


いや~、今日は暑かったですね~
しかも太陽はギンギンだし。
私は友人と二人で街中をうろうろと歩いていました。

ノドが乾いたので喫茶店に入り、
バニラアイスを賞味しつつ、
そこで二人でしみじみ話したのが、
「あの日を思い出すね」ってこと。


数年前の似たような暑い日に
二人は岐阜県関ヶ原町をほっつき歩いていました。

彼女は私と同じ九州の出身で、
私ほどじゃないけど同じ歴史小説好き。
そこに目を付けた私が
共に九州の実家に帰省がてら
関ヶ原に寄って戦場見聞でもしようと
嫌がる彼女を無理矢理同行させました。
だって一人じゃ寂しいもんね(笑)

当日は日本晴れの快晴で、
太陽光線ギラギラの中を
私はTシャツとジーンズの軽装にグラサンを引っかけて
関ヶ原を解説本を片手に執拗に歩きまわった。

あまりの私の熱心さに友人は音を上げて
「あんたは西軍の斥候か!」と言い放ち、
先に一人で岐阜の宿に帰ってしまった。

私は日の暮れるまで関ヶ原の山野を跋渉し、
各軍の陣地を見て回りました。

一番記憶に残っているのが
石田三成の本陣があった笹尾山です。
急な角度の砂利道を登り山頂に至ると、
そこから関ヶ原一帯が一望に見渡せた。

本日の雑談 2005/04/29_a0018138_0463321.gif


思ったよりも狭い盆地。
ここに東西両軍15万の兵力が参集したとは
とても思えない狭さ。
でも、現代人は車や電車の速度感覚が身に付いてるから、
狭く感じるのかもしれないね。

関ヶ原盆地を隔てて、
正面には毛利軍が空弁当を食っていたという南宮山があり、
右手には小早川秀秋の松尾山が見える。
この松尾山と三成本陣の間に
ズラリと西軍の主戦派諸将が陣を構えていた。

一方の東軍は
盆地のポッカリ空いた空間に重なるように陣を構え、
単に布陣図だけ見るならば
西軍に包囲されたようなかっこうとなっている。

南宮山の麓には家康の本陣があり、
彼は激戦の最中に士気の鼓舞のため
陣を盆地の中央に前進させた。

私は関ヶ原一帯を眺めつつ、
当時の情景を瞼の裏に想像していた。
すると背中にゾクリとした戦慄が走り、
その奇妙な感じは今でも憶えている。

三成としては
この決戦は予想外だったと思う。
彼は長期戦を意図していたと思う。

彼は美濃で東軍の西進を食い止めつつ、
畿内と西日本各地で東軍加担諸将の城を
片っ端から落とした後で、
畿内の豊富な生産力を背景にして長期戦を挑み、
家康を倒す構想だったと思う。

しかし、彼には誤算があって、

1,家康の西進が急だったこと

2,美濃の岐阜城があっさり陥落したこと。

これが彼の構想を狂わせた。

彼は会津の上杉家の戦力と敢闘精神を過大評価し、
家康の西進はまだまだ先のことと思っていた。
さらに岐阜城城主の織田秀信のヘタレぶりは
全く予想外だったと思う。

一方の家康は、この三成の構想を読み、
西軍諸将の通謀と
西軍総帥毛利輝元の大坂居座りを計算に入れ、
一挙に短期決戦を挑んできた。

彼は乱の長期化により、
生産力の低い東軍諸将の疲弊と
第三勢力が拡大し、
漁夫の利を奪われることを恐れていたと思う。

関ヶ原戦の前日、
家康は大垣城に留まる三成を引き出すため、
わざと「近江・大坂に急進する」との虚報を流し、
西軍を関ヶ原に誘引した。

私はたまに思うのです。
あの時、三成が家康の虚報に乗らずに
大垣に留まったらどうなったかと。
案外、長期戦になったんじゃないかな、と。

当時、伊勢の安濃津方面では
西軍一の勇将、立花宗茂が東軍の城を落とし、
関ヶ原に向けて急進中だった。
さらに畿内一帯と大坂城には
西軍の軍勢が数万単位で散らばっており、
これを糾合できれば相当な戦力になったでしょう。

だけど、家康の戦略眼の鋭さに
やっぱり最後は負けてしまうのかね。
私は西軍贔屓だけど、
家康の用兵の卓越さには賞賛を惜しまない。

な~んてことを
喫茶店で友人にしゃべっていたら、
「いい加減にせえよ」と言われてしまいました (^^;)



人間模様・関ヶ原/関ヶ原の戦い
# by misaki80sw | 2005-04-30 00:50 | 補欠ニュース
日本+アジア諸国による海賊対策協定。_a0018138_22494853.jpg


日本など4カ国、アジア海賊対策地域協力協定に署名

 日本、シンガポール、ラオス、カンボジアの4カ国は28日、
 シンガポールで「アジア海賊対策地域協力協定」に署名した。
 同国に設立する情報共有センターを通じ
 海賊逮捕などで協力する。
 日本にも重要な海上輸送ルートである、
 マラッカ海峡などで海賊事件が増加しており、
 多国間協力で対策を強化する。

 署名式には日本から逢沢一郎外務副大臣が出席した。
 協定の参加予定国は
 日中韓、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国、
 インド、バングラデシュ、スリランカの16カ国。
 10カ国が協定を締結した後、90日で発効する。

 情報共有センターを通じて
 海賊容疑者の発見や逮捕、容疑船舶の拿捕(だほ)、
 被害者の発見、救出で連携するほか、
 締約国間で犯罪人の引き渡しや
 海上警備の能力開発でも協力する。

 同協定は2001年の日中韓とASEANの首脳会議で
 小泉純一郎首相が提案し、04年11月に採択された。

   (日経新聞)


先日の「韋駄天」号の海賊事件は
記憶に新しいところ。

マラッカ海峡は、
マレー半島とインドネシア・スマトラ島の間にある海域で、
インド洋と南シナ海を結ぶ重要な航路。
長さ約900km、幅70~250km、平均の深さ25m。
日本の海運会社全体で年間1万4000隻が航行し、
日本へ中東原油を運ぶタンカーの8割が通過する、
シーレーンの要衝である

海上保安庁の調べによると、
マラッカ海峡で起きた海賊事件は、
96年から98年までは一ケタ台だったが、
99年には16件と初めて二ケタ台になり、
2000年には80件を記録した。
その後は20件台で推移し、04年は45件を数えた。

海賊が増えた背景には、
97年のアジア通貨危機によって
困窮した沿岸漁民の存在があると言われている。

1998年9月、
パナマ船籍で日本船主の貨物船「テンユー号」が
インドネシアのスマトラ島から韓国仁川向け出港。
その直後に海賊にハイジャックされ消息不明になった。

そして2カ月半後、「テンユー号」は
中国南東部の浙江省張家港で発見された。
船名は「サンエイ1」に変更されており、
乗組員はそっくり入れ替わっていた。
当時の乗組員及び積荷は未だに行方不明のままとなっている。
なお、発見当時の乗組員に海賊容疑がかけられたが、
証拠不十分により釈放された。

「テンユー号」が積載していたのは
アルミインゴット約3,000トンであり
これは時価4億7千万円に相当した。

1999年10月、
同じくパナマ船籍で日本船主の貨物船、
「アロンドラ・レインボー号」が
全く同じくインドネシアのスマトラ島を出港し、
日本向け航行中のところ、
拳銃、ナイフで武装した海賊にハイジャックされた。
襲撃後、海賊の司令船が同号に接舷し、
海賊船から新たに15名の要員が同号に乗り移った。

一方、乗組員は同号から海賊船に移され、
狭い船倉に6日間監禁された後、
10月29日、ゴム製の救命筏に移され開放された。
乗組員はその後、11日間海上を漂流した後、
タイのプーケット島沖で漁船に発見され、
全員無事保護された。

11月16日、「アロンドラ・レインボー号」は
インド南西沖の公海上を西に向かって航行中、
インド沿岸警備隊及びインド海軍による、
停船命令、威嚇射撃等の後に拿捕され、
インドネシア人海賊15名全員が逮捕された。
拿捕当時、同号の船名は
「MEGA RAMA」に変更されていた。

この2件の事件は日本政府に衝撃を与えた。
ここから政府による本格的な海賊対策が始まる。

◇1999年11月
 小渕総理がASEAN拡大首脳会議で
 国際会議の必要性を提唱   

◇2000年4月
 東京にて海峡周辺諸国による海賊対策国際会議を開催。
 「アジア海賊対策チャレンジ2000」を採択。
 これに基づき、
 01年11月にマレーシア、
 02年3月にインドネシア、
 03年3月にフィリピン、
 04年2月にタイで
 それぞれ「海賊対策専門家会合」を開催。

◇2000年11月
 森総理がASEAN拡大首脳会議で
 アジアの協力会議の開催を提案   

◇2001年10月
 東京にて海賊対策アジア協力会議を開催

◇2001年11月
 小泉総理がASEAN拡大首脳会議で
 「アジア海賊対策地域協力協定」を提案   

◇2002年3月
 協定交渉予備協議を行い、早期の交渉開始を提案

 同月、
 海上保安庁の支援により、
 インドネシアにおいてアジアの14カ国による、
 海賊対策専門家会合が開催。
 周辺海域沿岸国への巡視船の派遣。
 海上保安大学校への留学生の受け入れを始めた。

◇2002年7月
 東京にて協定交渉開始
 ASEAN10カ国、中国、韓国、インド、
 バングラデシュ、スリランカとともに交渉開始。

◇2004年11月
 東京にて協定交渉の最終会合。
 情報共有センター設置国がシンガポールに決定され、
 協定が採択された。


で、今回の
日本・シンガポール・ラオス・カンボジア4カ国による、
「アジア海賊対策地域協力協定」の署名となったわけ。

上記ニュース中にもあるように
この協定にはいずれ、
中国・韓国・東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国、
インド、バングラデシュ、スリランカの
合計16カ国が勢揃いする予定。

まあ、一連の矢継ぎ早の流れを見れば分かるとおり、
日本政府は海賊対策を重要視している。
対してASEAN側は
マラッカ海峡がマレーシア・インドネシア、
シンガポールの3国の領海が入り組み、
国家同士の利害が錯綜しているため
協定交渉が遅々として進まなかった。
このため業を煮やした日本が
「早いとこやってくれ」と促した経緯がある。

実は、この協定には
後で米国も参加する予定。
米国はテロ対策絡みで
マラッカ海峡の海賊には神経を尖らせており、
特にインドネシアの反政府武力ゲリラが
アルカイダと結びついて、
海峡でテロを行う可能性があると想定している。

米国は当初、自分がリーダーシップを取って
自分が仕切った構想のもとで
海峡の航行安全機構のようなものを
創設しようとしていた。

2004年6月、米ラムズフェルド国防長官が
シンガポールでのアジア安全保障会議において、
米軍を配置することで
海峡周辺の海賊対策を強化するよう提案したが、
域内での米軍基地新設などの情報が流れ、
「実はイスラム原理主義組織の掃討が目的であり、
マラッカ海峡での米国の影響力を強める動きにつながる」として
マレーシアとインドネシアなどが猛反対し、
結局、米国主導構想はこれでポシャってしまった。

ただし、米国も
この協定参加には実利があるということで
後発組として参加することになったわけ。


ざっとこういう流れなんですが、
私としても大いにやってくれと言いたいね。
特にシンガポールに設置される、
対海賊の情報共有センターには期待しています。

ただ、2つほど要望を付け加えるならば、

1,沿岸警備(コーストガード)の
  関係各国による共同学校を創設すること。

2,海保だけじゃなく、海自も巻き込むこと。

これをお願いしたいですな。

1に関して言えば、
やっぱりね、「同じ釜のメシを食った仲」
これが一番最強ですよ。

共に訓練し、共に海賊を撃退し、と。
こういう趣旨の学校を作ってほしいね。

2は、将来を見据えた構想。

あの巨大なEUが、
1952年の仏・西独・イタリア・ベネルクス3国の
欧州石炭鉄鋼共同体から始まったように、
この「アジア海賊対策地域協力協定」を嚆矢として
ASEANと日本による軍事機構に発展させてほしい。
他の国はいらない(笑)。
そのために海自にも一枚噛ませる必要がある。

欧州石炭鉄鋼共同体は
仏と西独国境のルール炭田地帯の紛争を防ぎつつ、
6カ国で実利を分け合うために作ったもの。
それがやがて巨大EUに発展してしまった。

この海賊対策協定を基にして、
シーレーン防衛に関して
ASEAN諸国との軍事協力を推し進め、
やがては共同防衛機構にまで
ドロンと大化けしていただきたいものです。



外務省:アジア海賊対策地域協力協定について

現代リスクの基礎知識:マラッカ海峡の海賊問題

海賊 - Wikipedia

国土交通省:我が国関係船舶における
 海賊被害状況調査の結果(2003年)



娘通信♪関連過去記事
マレーシアVSインドネシア・・石油と領土とプライド
# by misaki80sw | 2005-04-29 22:58 | 日本(政治経済)

同和利権について書きます。


まず「同和問題」とは何か?
「同和」とはそもそも何なのか?

このシリーズの2で取り上げたように

「人権擁護法」その2・・部落解放同盟

いわゆる「被差別部落」及び
その住民・出身者に対する差別問題である。

この「同和」という用語だけど
戦前に作られた行政用語。
昭和天皇即位の詔勅に用いられた「同胞一和」が元。
1941年の国民精神総動員運動の一環として
内務省の外郭団体に「同和奉公会」が生まれ、
この時期から「同和」の言葉が使われ始めた。

1969年、日本政府は同和問題対策の法律を制定した。
「同和対策事業特別措置法」である。
65年の同和対策審議会が出した答申を元に、
部落差別解消を
「国の責務であり、同時に国民的課題」と位置付け、
劣悪な住環境であった被差別部落を「同和地区」として認定し、
巨額の予算を投入して
インフラ・ハード面の整備を行っていく。

かつての劣悪な住居・道路・排水設備、
さらに地域の公的施設に至るまで
全てが大々的に整備され、
同和地区は見違えるように変貌していった。
三十数年の期間に国と地方自治体が投入した予算は
実に14兆円以上に達した。

この過程において
部落解放同盟は「人権と差別」を盾に「糾弾」を武器として
この公金の流れに食い込み、利権の構造を形成してきた。
これを「同和利権」という。

この三十数年間において
日本全国で様々な同和利権絡みの事件が起こり、
多くの解放同盟関係者が逮捕されていった。

この同和対策法の制定前後において
解放同盟内部ではこの法に対する評価は二分した。
主流派はこれを評価し、
共産党系の反主流派はこれを「毒饅頭」と称し、
政府側の欺瞞と主張した。

この三十数年の歩みを俯瞰するならば、
これは共産党系が主張していたこととは別な意味で、
同和対策法とは彼らにとって
「毒饅頭」であったと思わざるをえない。

以下、彼らの同和利権絡みの事件を
いくつか掲載します。


<北九州市土地疑惑事件>

1981年6月、福岡県北九州市で
解放同盟と全日本同和会による、
市住宅供給公社の用地買収をめぐる、
土地転がし事件が発覚した。

発端は、北九州市のローカル紙、
「小倉タイムス」によるスクープ記事。
解放同盟小倉地区協の木村書記長が
土地ころがしで巨利を得ていると暴露した。
 
この事件は、北九州市が
同和住宅建設などのために土地を買い上げる前、
地主から第三者のもとにその土地の所有権を移し、
10ヶ月~半年程度が経過したところで、
2~7倍で市に買収させる、
いわゆる土地ころがし行為のパイプ役として、
市の職員や解放同盟・全日本同和会の幹部らが
暗躍していたというもの。

浮かんだ疑惑は10数件にのぼり、
第三者に転がり込んだ差益は10数億円にも上るとされた。
しかも、市が買い上げた土地の大半は、
数年経っても遊休状態のままになっていた。
最終的に真実は闇のままで葬られた。

この土地疑惑問題での紛糾がつづいているさなか、
別の解放同盟幹部による公共事業の入札や教育人事への介入、
さらには土地転用問題で苦情をつきつけた解放同盟幹部が、
北九州市の同和対策課長を折り畳み椅子で殴りつけて負傷させ、
逮捕される事件も起こった。

北九州市側は
この土地疑惑に関する市民の批判の高まりに
それまでの解放同盟などの同和団体のいいなりの体制を
見直しをさぜるをえなくなった。

解放同盟がらみの事件には珍しく、
地元の「小倉タイムズ」の積極果敢なスクープに続き、
大手新聞もこの事件を取り上げた。

しかし、解放同盟側は
「あれは朝日新聞のデマである」と言い、

 われわれは「人間の尊厳」を死守するために
 朝日新聞と正面から対決し、
 断固として戦うと決意した。

と、当時の上杉委員長のコメントが
彼らの機関誌「解放新聞」に掲載された。


<大阪市同和事業未利用地問題>

1982年11月、
大阪市が吹田市内に保有する土地の利用をめぐり、
大阪市議会決算委員会で質疑が行われた。

吹田市内の保有地は、26年前に東淀川区飛鳥地区に
同和対策事業用の諸施設建設として、
代替土地名目で大阪市が6億7,000万円で買収。
その後、府との土地交換が成立するまでとして、
飛鳥地区協議会と無料の使用契約をむすび、
菜園として使用していた。

ところがこの菜園建設の工事を請け負った、
解放同盟系の建設業者は
同敷地内に勝手に自宅を建設、
さらに市の補助金で建設した休憩所など自分名義で登記し、
借金の担保にしていたことが発覚した。

これを追求した関根議員に対して大阪市側は、
「いろいろと勉強させてください」と
わけのわからない答弁を繰り返すのみであった。

その後、業者名義の登記は抹消され、
同者の邸宅も撤去された。


<赤池町国有地売買恐喝事件>

1983年12月、福岡県警は、
解放同盟赤池連協幹部ら2人を恐喝容疑で逮捕、
その父親の元同町議会副議長、元解同赤池連協副会長を
同容疑で取り調べた。

この親子は、赤池町土地開発公社事務局長に対し、
自分たちの土地でもない国有地の一部を買い取らせようと
「境界も違う」などと言いがかりをつけ、
アルミ製の灰皿を投げつけるなど乱暴、
「道路に杭を打って通れないようにするぞ」などと脅し、
土地買い上げ代金として30万円を脅し取った疑い。
それまでにも「国有地の払い下げを受ける予定だから、
同和住宅を建設せよ」などと脅し、
すでに自分たちが売っていた土地などの買収を迫り、
多額の現金を脅し取った。


<直方市工事請負問題>

1985年12月、福岡県直方市の議会で、
市の発注による指名競争入札落札の
上位一覧表にある業者名の公表を市の側が拒否したため、
決算審議が混乱に陥った。

けっきょく市側が公表することになったが、
84年度土木・建築両工事を落札した上位17社のうち13社が、
解放同盟員らの経営する土建業者によって
占められていることが発覚。
市の同和関係業者への優遇策が、
一部業者に偏る不公平を生んでいると、
295の指名登録業者から批判の声が挙がった。

解放同盟員10、全日本同和会員3の計13社が、
土木・建築2部門の
上位10社の請負高18億5092万円のうち、
84%に近い15億5901万円を受注していた。
この18億円の工事額のうち地域改善対策事業は
55.5%の10億5070万円で、
地対事業だけでなく、一般工事の発注も
同和関係業者に偏っていることがわかった。
 
直方市では、84年12月の市議会でも、
総事業費の3割を同和団体幹部の経営による3社が
集中的に受注していることが指摘され、
傍聴の同和関係者らの野次と怒号で本会議が流れ、
機動隊を導入してやっと決算が認定されるという事態が発生し、
市が初め公表を拒否したのは、
ふたたび同様の事態が発生することへの懸念からだったという。


<徳島市の2つの背任事件>

1997年9月、
徳島市の職員互助会が実施した海外旅行にからむ背任事件で、
解放同盟徳島県連最高幹部の息子が逮捕された。
逮捕されたのは、互助会役員で
市職員労働組合書記長の井上直樹(37歳)である。
 
井上らが逮捕された容疑事実は、
シンガポール旅行に絡む背任であった。
水増し額438万円の一部は、
井上容疑者の個人的な海外旅行に
流用されていたことも露見した。
その後の捜査で背任額は海外旅行4回分、
約1200万円にも上ることが分かった。
 
井上らの初公判では、立件されてはいないものの、
井上がほとんどの旅行で代金を水増しし、
その総額は3500万円にも及ぶことが明らかになった。
そしてそのほぼ全額が井上被告の懐に流れていたという。

この井上という人物、
市役所内部では、組合書記長とはいえ、
組合交渉の場でも突出した影響力を持っていた。
市役所での井上の綽名は「殿」あるいは「影の市長」。

徳島地検は、
「市政全般において井上が
強大な影響力を持っていた」とまで指摘した。
地方自治体の世界では、
解放同盟の実力者の息子に逆らうことは難しい。

1999年1月、
解同徳島県連最高幹部の息子が背任容疑で逮捕された。
逮捕されたのは徳島市体育振興公社事務局次長の井上雅史。
1998年9月に「職員互助会事件」で逮捕された、
井上直樹の実兄である。

弟の直樹が「影の市長」と呼ばれていたのに対して、
兄の雅史は「裏の教育長」と呼ばれていた。
解放同盟の威光を笠に着て兄弟で市政に君臨し、
これを私物化していた。

この事件は、
公社が管理運営する市陸上競技場の芝管理業務に関して、
実際には公社職員がおこなっていながら、
井上雅史の前妻の父が経営していた工務店と委託契約を結び、
570万円を支払って公社に損害を与えたというもの。
 
架空発注を受けた工務店は、
芝管理とは無縁の土木建築業者でありながら、
1997年度に初めて同業務の委託を受けたという不自然ぶり。
しかも容疑内容は、芝管理業務を工務店に委託しながら
公社職員が代行していたという単純さであり、
市が調べれば、その異常さはすぐ判明するはずだった。
 
問題の工務店は、
1996年度の公社の施設修繕費3220万円のうち
9割を受注していた。


<高知県モード・アバンセ社事件>

1991年、解放同盟高知県連が、
高知県に対して「同和縫製工場の高度化・協同化」を要求した。
これに対して県は、そのことは共通の課題だと認識しており、
今後その可能性をともに検討したいと約束した。
 
これを受けて
解放同盟系の縫製工場を経営するなどしてきた安原繁氏が
94年、みずからが経営する縫製工場五社をまとめて
協業組合モード・アバンセ社を設立し、
県から中小企業高度化資金約14億円の融資を引き出した。

しかし、この融資は最初から杜撰であった。
そもそも「中小企業団体の組織に関する法律」は、
協業組合の設立には、組合員がそれぞれ出資し、
一組合員の出資比率が
50%未満でなければならないとしている。
しかし、モード社はすべて、安原氏が出資していた。
さらに安原氏は、協業化前の五社の負債約5億円を
モード社に持ち込まないという、
県との約束も破って負債を持ち込んだ。
モード社の架空の用地造成や
社屋の建設費の水増しもあったことが、
後の高知県議会百条委員会の調査で明らかになっている。

こうしたずさんな実態も手伝って、
14億円もつぎ込みながら
96年、モード社は操業直前に倒産の危機に直面する。
あわてた県は、
秘密裏にモード社のみを対象にした融資制度を作り、
当時の山本卓副知事が決済し、12億円を直接貸し付けた。
県による闇融資である。

2001年5月、モード社は倒産した。
県は同社からろくな担保も取らずに金を貸していたため、
当初の資金14億4千万円と闇融資による12億円、
合計26億4千万円が失われた。

闇融資の事実は2001年3月、
「高知新聞」のスクープで発覚した。
これを受けて高知県議会に設置された百条委員会は、
一連の経過を調査した。
解同県連の竹下義喜委員長、村越比佐夫副委員長は、
モード社の協業化構想を推進してきたにもかかわらず、
百条委員会での証言で関与を否定した。
県議会は全会一致で両氏を偽証で告発する。

架空の用地造成や社屋の建設費の水増し問題でも、
計3億円余の高度化資金の詐欺事件として
百条委員全員が安原氏らを刑事告発した。
県警と高知地検はこれらの告発を受け、
モード社本社や解同県連事務所など
三十数カ所を家宅捜査した。
解放同盟高知県連は、
竹下、村越正副委員長をはじめ役員が総辞職した。

これらの問題は
橋本大二郎知事になんら知らされることなく、
副知事以下で進められた。
山本元副知事は、百条委員会の証言で
知事の判断を仰がなかったと述べている。

当初、橋本知事は

 闇融資はモード社400人の雇用を守るため、
 やむをえなかった判断

と言っていたが、
事実が次々と明らかになるにつれて

 解放同盟との交渉が職員にプレッシャーとなっていた。
 同和対策が重くのしかかり、判断に影響を与えた。

と認め、

 別の元幹部は、若い頃、
 こうした団体の幹部と県行政の関係というものに
 疑問を持った同僚の職員が
 そのことを上司に言ったところ、
 後でその同僚が人事的に不遇の目にあった。
 こうしたこともあって、
 多くの職員は同和対策事業というものを
 かなり重荷に重圧に感じていたはずだということを
 申しておりました。

 こうした話しが職員の口から出ること自体、
 特定の団体に対して
 職員が重荷を感じていた証しではないかと思います。
 また、たとえ直接の口出しでないにしろ、
 団体との間にトラブルを起こす職員を敬遠する傾向が
 組織の中にあったのではないかと感じております。

と、「解同人事」の存在に言及した。

また、県の商工政策課長は
 
 県の指導が不十分で倒産したとなれば
 県が同和地区の就労対策に
 真剣に取り組んでいないことになってしまう。

 解放同盟が怒って同和対策審議会の審議がストップし、
 大混乱になってしまうと考えた。

と、闇融資に至った心理を証言した。


さて、複数の事件を取り上げました。
これらの事件の背景には
共通して以下のパターンがあります。

◇自治体と解放同盟との交渉で
 同和対策事業への支援要求がある。
      ↓
◇自治体の回答が気に入らないとなると
 恫喝や糾弾と称して長時間にわたり何回も交渉が行われる。
      ↓
◇怯えた自治体がこれをのむ。
      ↓
◇事業計画の結成から資金の導入・返済計画まで
 行政関係者が作成する。
      ↓
◇事業が失敗しても次から次へと
 不正融資や事業に対する補助金が支出される。

ほとんど同じパターンで、
この種の事例はこれ以外にも多数有り、
私としてはどれを選ぶか困ったほどだった。


この同和利権と
それにたかる解放同盟の構造は
必然的に彼ら自身の堕落を生む。

反差別を掲げた団体が利権の中に埋没し、
利権によって構成員の忠誠心を維持し、
利権のタネが無くなれば
「被差別者」であることをことさら強調し、
ついには自作自演の差別事件まで
でっち上げるほどまでに落ちていく。

同和対策法施行から10年を経た80年代になると
この構造に目をつけた小悪党達が、
利権のおこぼれを得ようと、
多くの「エセ同和団体」を結成し、
同和・差別・人権を盾にして自治体や企業をゆすり始めていく。

「同和は恐い」という行政関係者、
企業関係者の心理を利用して
これらのエセ団体による恐喝事件は日本全国で引き起こされた。

そしてこの解放同盟を筆頭とする利権屋の跳梁にも
黄昏の時代が訪れる。
国の同和対策事業の終了である。

国の同和対策の法施行は以下の流れで

◇1969年:同和対策事業特別措置法
            ↓
◇1982年:地域改善対策特別措置法
            ↓
◇1987年:地域改善対策特定事業に係る
       国の財政上の特別措置に関する法律

最終的に同和事業は
2002年に3月に全て終了した。
もはや国法でもって
同和対策に金を投入することは無くなった。

利権のタネと組織目的を喪失した解放同盟は
新たな目的と利権の確保に目を向け始める。
それが「人権擁護法」である。

組織というものは、
何らかの目的達成のために作られた機能集団である。
解放同盟は「被差別部落の差別の解消」を目的に結成された。
しかし、今、日本は豊かになり、人口の流動化は進み、
「人権」という概念が当たり前の公理となり、
かつての江戸時代に根ざした部落差別の問題も
ほぼ解消されたと見るのが妥当だろう。

もはや「差別の解消」という解放同盟の組織目的は
十分に達成された。
では、この団体は粛々と解体するのか?
否、否。

いったん作られて、構成員を抱え込んだ組織は

1,組織の維持と拡大

2,構成員の忠誠維持と利益確保

この2点自体が組織目的に転化する。

同和対策法が継続のうちは、
この法のもたらす利権の中に身を埋め、
利権を吸うことで上記2点を満足させてきた。

しかし、法の終了。
「人権擁護法」の制定と新たな利権の確保が
彼らの組織目的となった。

ここらへんの構造は
構成員の減少に悩む「民団」が新たな組織目的として
「外国人参政権法」に飛びついた構造と全く同じ。
組織というものの不可思議な自己拡大欲求である。



人権関連法案突然の再浮上:仕掛けは解放同盟

TBS筑紫キャスター「屠殺場」発言事件

エセ同和行為の源流

部落解放同盟犯罪史

部落問題 - Wikipedia


同和利権の真相(1)宝島社文庫


娘通信♪関連過去記事
「人権擁護法」その6・・八鹿高校事件
「人権擁護法」その5・・悪しき果実
「人権擁護法」その4・・「糾弾」という名の私刑
「人権擁護法」その3・・川崎市の人権擁護条例
「人権擁護法」その2・・部落解放同盟
「人権擁護法」その1・・天下の雑法。

人権擁護法案、自民法務部会混乱・・今後の方針
「人権擁護法を考える緊急大会」ミニレポート。
# by misaki80sw | 2005-04-29 02:16 | 人権擁護法

本日の雑談 2005/04/26


<本日の更新>

ホリエモンのための教養講座!?・・宮崎メルマガより

中国、人民元問題・・チャイナ・バッシングは止まらず


今日は雑談のみです。

すいません、
コメントいろいろいただいてますが
とうてい全部レスできません。
対コメント方針があっさり崩壊してしまいました (ーー;)

ハッキリ言えば
首相の謝罪発言に関するコメントが多いんですが、
で、賛成派の人へのレスって
やっぱり一行や二行で終わらないんですよ。

こっちも
「それは違うだろ」って思うから、
一言レスってわけにはいかなくなります。
で、長くなってしまうと。
まあ、それ以外に
カラオケで騒ぎすぎて
時間が足らなくなったというのもありますが(笑)。

ちょっともう謝罪問題から離れたいですね。
コメントへのレスで時間取られて
それで本記事書けなくなったら本末転倒だと思うので。

離れたい理由のもう一つは、
これ以上論じても意味がないなと。
賛成派・反対派、
お互いに言うべきことは言い合ったんでしょうから
それでも自説で相手を納得させられないのなら
後はもう個々人の価値観や内面の問題でしょう。

ここで最後の座興のつもりで書いときますが
賛成派の論法はほとんど同じです。
道義の部分は全く触れず、
戦略・効果の部分で
謝罪のもたらしたプラスの影響の部分のみを取り上げて
「だから正しい」とか「だから良策だ」と言ってることです。
マイナスの部分は全く触れません。
プラス・マイナスの比較検討・総合勘案がありません。

反対派にとって
これは気質なのかもしれませんが
一番引っかかってるのは
まず「道義」の部分です。
何故、謝罪などする必要があるのか、と。

賛成派はこれに対して、
効果論の部分で説得しようとするわけです。
「謝罪はこういう効果がある」と。
でも反対派は
そういうことを聞きたいわけではないわけです。
効果を聞いてるのではないのです。

賛成派諸氏にとってこの喩えは嫌かもしれませんが、
「なんで土下座しなきゃならんのか?」
と聞いてるわけです。
その根本の意義を聞いてるわけです。

これに対して賛成派は
「土下座することはこういう効果がある」
「こういう利益がある」と言ってるわけです。
ここで双方かみ合わなくなります。

むしろ、この場合は
左翼の論法の方が説得力があります。
「日本は昔、悪いことをしましたよね?」
「だから謝るのは当然じゃないですか」
「相手が納得してくれるまで謝り続けることです」と。

決して
「謝罪したら貴方にこういう利益があります」
とは言わないわけです。
謝罪することが必要だから謝罪するんだと。
謝罪すること自体が目的であって
己の利益を得るための手段では無いんだよと。

要は謝罪の根本意義の部分ですね。
ここを賛成派は語れないから
反対派を納得させられないのです。
「こういう効果がある」
これしか言えないわけです。
だから両者はかみ合わないのです。

と、座興まじりに書かせていただきました (^^*)
# by misaki80sw | 2005-04-27 03:09 | 補欠ニュース

米FRB議長、人民元改革促す…公聴会で証言

 アラン・グリーンスパン米連邦準備制度理事会議長は、
 21日の上院予算委員会の公聴会で証言し、
 中国が通貨・人民元を
 対ドルで低い為替レートに固定している問題について
 「為替(の変動幅を広げる)柔軟化が早いほど、
 中国経済にとって大きな利益になる」と述べ、
 人民元の柔軟化を急ぐべきだとの考えを示した。

 議長は、人民元の不当に低い為替レートが、
 中国の労働生産性の向上を妨げているなどと指摘した。

 ただ、中国政府が人民元改革に踏み出す時期については
 「予測するすべを持たない」と述べた。

   (読売新聞)


人民元の切り上げ問題で
米国がそうとう強硬的になってますね。

世界的にチャイナ・バッシングが起こってます。
発端はあの反日暴動ですが、
その根底には人民元の切り上げ問題がある。

中国当局は人民元に関して
為替の「管理フロート制」を取っている。
これは相場の変動幅に一定の枠を設け、
それを超えた場合に通貨当局が市場に介入するもの。
「固定相場制」と「変動相場制」の
中間的なやり方ではあるが、
実質的にはドルに対する固定相場と変わらない。

中国がこの制度を利用して
輸出偏重政策をとっているのは明白で
輸出がGDPにしめる割合は30%程度もある。
1994年の時点ではこれが21%であり、
安い人民元を使って輸出を振興してきた。

これに苛立っているのは米国で
米国の対中貿易赤字は
昨年は1616億ドルに達しており、
米国内では人民元が
実勢相場よりも約40%低い水準に維持され、
輸出を有利にしていることが
赤字の主因との主張が台頭している。

米国内では、高まる貿易不均衡に対する不満を背景に、
中国に人民元切り上げを求め、
応じなければ中国製品に一律27・5%の関税を課す、
対中報復法案が米上院で採決される見通しとなっている。

人民元切り上げ拒否なら上院採決へ
 米、中国に報復関税


また、米国だけでなくEUも
セーフガード(緊急輸入制限)措置発動の
検討を始めている。

ここのところ、
米要人の人民元切り上げ要請の発言が相次いでおり、
14日にはブッシュ大統領が
人民元の変動相場制への移行を要求。

米大統領「人民元、変動相場制に」
 中国に実質切り上げ要求


また、上記ニュースのように
グリーンスパン米連邦準備制度理事会議長も
人民元改革を中国に促している。

米国としては
この人民元の切り上げ問題は
ここ数年の課題だけど、
今、これがにわかにクローズアップされている背景には
対中貿易赤字の増大もさることながら、
私は米国の対中姿勢全般の変化があると思う。

米国が今までこの問題を手控えてきたのは
イラク情勢をめぐる国際的孤立と
北朝鮮問題で中国の支援を得たかったから。

米国は6ヶ国協議を通じて
中国に北朝鮮を説得させる、
あるいは恫喝する役割を期待してきた。
近隣諸国での核の拡散を恐れる中国と
この部分においては利害が共通すると思っていた。

ところが、ここ数ヶ月、
中国の戦略が変わり始めている。
中国は米国の意向に応じて北を恫喝するよりも
北朝鮮をそのまま生かして
米国への牽制材料に使う方向にシフトし始めている。

背景には、台湾独立問題を巡り
反国家分裂法制定など対外強硬派の勢力が増してきたことと、
2月に日米両国が
例の「2プラス2」で共通戦略目標を打ち出し、
対中包囲戦略を明確にしたことが大きいと思う。

日米「共通戦略目標」発表・・中国封じ込めと攻守同盟

ここらへんあたりから
潮流がガラリと変わり始めた。
中国はこの流れに対し、
六ヶ国協議での対北説得役を
意図的にサポタージュし始めたように思うね。

米国もそれに薄々気づき始め、
じゃあってんで、
人民元切り上げ問題など対中強硬論に傾き始めている。

付言しておくと
日中会談の後、欧米のマスコミ論調は
中国非難と日本擁護に傾いているけど、
これはここ数ヶ月の
チャイナ・バッシングの流れが根底にあり、
首相の謝罪発言など関係ない。

あの演説で日本が堂々と正論を述べ、
日中首脳会談で原則論を貫いたとしても
この論調自体には変化はなかったでしょうね。
むしろ大きいのは反日暴動と
それに対して中国が一切謝罪しなかった影響の方が
決定的でしょう。

さて、焦点の人民元問題ですが、
中国としては微妙な選択。
今、上海などでは外資の流入により、
土地バブルが破裂寸前までいっている。

ちなみに中国全土で04年に不動産価格は、
商業ビルが14・4%、マンションが15・2%上昇、
北京では20・8%も急騰し、
上海では平均が15・8%だったが、
商業中心地は28%も上昇した
上海では不動産価格が上昇の一途をたどる一方で、
賃貸料金が下落を続けている。

流入する外資は
2年前までは香港、台湾の資金だったが、
最近は日本、韓国及びヨーロッパからも
不動産投機資金が雪崩をうって中国へ流入している。

これが人民元の切り上げと共に一斉に流出する可能性が高く、
そういう事態がおきれば
銀行は経営が苦しくなり、取り付け騒ぎに発展しかねない。
そうです、まさにバブル崩壊なんですよ。

中国にとっては苦悶の選択であり、
人民元をこのままにしておくと
国際社会の強硬姿勢を招きかねず、
しかし、切り上げれば
輸出は減るし、バブルも破裂しかねない。
米国もそれが分かっているから、
何か別件の取引材料にしてやってもいいと
圧力をかけまくる。
ここらへんは各国も丁々発止だね。

日本としては
米国の戦略も読み、中国の意図も見透かし、
巧妙に国益を増進させてほしいもの。

中国国内では、すでに反日暴動を受けて
日本企業の撤退と対中投資の手控えが始まっている。

NNA調査:「中国シフトに大きな影響」日企の6割

日本企業の対中リスク感は
かつてないほど高まっており、
この流れは変わらないでしょう。

あの反日暴動ってのは
そういう意味では中国の敵失であり、
日本としては大いに利用すればいいよ。
また、この流れを作り出した遠因は
2月の「日米2プラス2」にあることを
もっともっと自覚すべきでしょう。



G7閉幕 「中国リスク」に強い意思
 人民元改革 議長国声明で踏み込む


中国の不動産バブルは
 どれだけ持ちこたえることができるのか?



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# by misaki80sw | 2005-04-27 00:32 | 中国・台湾関連