イラク情勢再激化・・移行政権と米国の泥沼
2005年 05月 23日
イラク情勢が再び激化してます。
激化たって
「テロで被害」とか「米兵3名死傷」とか、
イラク発のその種の情報に
ある意味、日本人は慣れすぎてしまって
不感症気味になってる部分がありますが、
ここ数ヶ月小康状態を保っていたイラク情勢が
再び激化しつつあるのは間違いありません。
ここ数ヶ月の情勢を
ざっとおさらいしておきますと、
まず、1月末にイラク国民議会総選挙が行われ、
最大勢力であるシーア派が6割以上の議席を確保し、
第二勢力であるスンニ派は選挙をボイコット。
漁夫の利を得たのは第三勢力であるクルド人で、
シーア派に次ぐ議席を確保した。
人口比20%のスンニ派が議席数は2%、
人口比15%のクルド勢力が議席数28%。
それから3ヶ月以上もかかって組閣人事が行われ、
すったもんだのあげく5月3日に
シーア派+クルド人の二大連合による新政権が発足した。
移行政権の当面の課題は
2005年8月15日までに、
現在のイラク基本法に代わる正式・恒久憲法を
起草・発効すること。
そしてこの憲法に基づき同年12月15日までに
総選挙が実施され、正式政府が誕生する。
ここにイラク戦争後の同国復興プロセスは、
終了するというスケジュールになっている。
だが、暫定憲法である現在のイラク基本法は、
国内18州のうち3州で3分の2以上の反対がある場合、
新憲法が承認されないとの条項を持つ。
そのため各勢力が協調しなければ新憲法の承認はあり得ず、
これは数的に優位であるシーア派の権力保持を防ぐための
米国の苦肉の策でもある。
ジャアファリ首相は
4月28日に移行国民議会に閣僚名簿を提出したが、
石油相や国防相など重要ポストの人選をめぐり、
各勢力間の調整が難航。
結局、首相が国防相、
チャラビ副首相が石油相を暫定的に兼務し、
見切り発車の状態で移行政権はスタートした。
移行政権は首相を含めて計37のポストから成り、
シーア派の統一会派「統一イラク同盟」と
クルド人の統一会派「クルド同盟」のメンバーが閣僚となり、
選挙をボイコットしたスンニ派は
一部の傍流の人たちが少数加わっただけ。
*イラク、閣僚宣誓式 移行政府が始動
石油相ら先送り
で、ここから内戦が激化。
不満たらたらのスンニ派がシーア派を攻撃し、
従来からの反米武装勢力がそれに乗じるかっこうとなった。
移行政府発足後のテロによる死者は、
とうとう430人を超えてしまった。
*イラク:シーア派×スンニ派、相次ぐ惨殺は憎悪の連鎖
宗派間戦争、強まる懸念
*宗派対立扇動のテロ激増 移行政府に早くも試練
*イラク、3人の聖職者が暗殺される
*憲法起草は「反イスラム」スンニ派参加を批判
*イラクで武装勢力の攻撃激化、24人が死亡
これに危機感を抱いたライス米国務長官は
イラクを電撃訪問し、
バグダッドでジャアファリ首相と会談した。
*ライス米国務長官 イラク訪問
スンニ派取り込み促す
会談では、イラクの国内治安や憲法起草問題を協議し、
スンニ派勢力の政権への取り込みを促したとのこと。
米国としては
シーア派ではありながら世俗色の強い、
アラウィ暫定政府首相の続投を望んでいた。
しかし、アラウィ氏の「連合会派イラク」は第三党にとどまり、
閣僚には一人も加わっていない。
ここらへん米国としては失望そのものだろう。
一方の駐留米軍は、7日から14日にかけて、
シリア国境の町カイム周辺に、
海兵隊約千人と航空兵力などを投入して、
「マタドール(闘牛士)作戦」と称する大規模作戦を実施。
武装勢力125名を殺害し、39人を拘束した。
*米軍がイラク西部で1週間の掃討作戦
武装勢力125人死亡
米軍は、カイムから中部ラマディに通じる、
ユーフラテス川沿いの街道が
武装勢力の武器弾薬、資金の流入経路とみており、
今回の掃討作戦で、同経路を遮断できたとしている。
だが、15日も首都北方バアクーバ中心部で、
地元ディアラ県の県知事の車列を狙った、
自動車爆弾による連続自爆テロが発生。
知事は無事だったものの、計五人が死亡した。
*イラク知事襲撃で犯行声明 イラク聖戦アルカイダ組織
さらに、イラク北部から
トルコへの原油パイプラインが破壊され、
原油輸出が全面的に停止した。
*イラク北部からトルコへの原油輸出
破壊攻撃で全面的に停止
また、イラク政府の高官も狙い撃ちされており、
*<イラク>車で通勤中の貿易省高官が銃撃され死亡
*イラク石油省高官、バグダッドで暗殺
テロリスト達の標的となっている。
このように武装勢力の活動は全く衰えておらず、
これに慌てたジャアファリ首相は13日、
北部のクルド人自治区を除く、
全土に出している非常事態宣言をさらに30日間延長した。
*イラク、非常事態を再延長 半月で死者420人以上
さらに英紙「サン」に
フセイン元大統領の下着姿の写真などが掲載され、
イラク人の間で反発が強まっている。
*フセイン元大統領下着姿、英紙が掲載
「捕虜」条約に違反も
「サン」に写真を流したのは駐留米軍人とされ、
大統領を神格化して抵抗する武装勢力に
打撃を与えることが目的とのこと。
しかし、これにより反米感情が盛り上がりを見せ、
ほとんど逆効果となってしまった。
当然のことながら米軍の泥沼状態は続きそうで、
マイヤーズ統合参謀本部議長は4月12日の記者会見で、
「武装勢力はイラクの新政権打倒を目指して攻撃している。
この動きが3年、4年、あるいは9年か、
いずれにせよ長く続く」
と語り、混乱の長期化という見方を示した。
もともと米軍は
ここのところ情勢が小康状態を保っていたこともあり、
イラク情勢に関しては楽観的な見方が支配的だった。
アビザイド米中央軍司令官は3月1日の上院軍事委員会で、
「武装勢力は一般市民の支持を得られず、
その力は衰退しつつある」
「2005年末には、イラク政府の治安部隊が力をつけ、
治安維持を担うことになるだろう」
と楽勝の予測をした。
まあ、大外れに外れたわけね(笑)。
この治安の悪化とシーア派・スンニ派の確執を横目で見つつ、
第三勢力であるクルド人は独立への動きを一層強めている。
彼らはその過程として自治権の強化を要求している。
その要求の内容とは、
◇10万人の兵力を持つクルド人民兵の維持。
◇民兵の指揮権をクルド自治政府が持つ。
◇中央政府の軍隊が自治区に入る場合は
自治政府の許可を得る。
◇自治政府が徴税権を持ち、
中央政府への納税額も自治政府が決める。
◇クルド居住区の境界沿いにある油田地帯、
キルクークのクルド自治区への編入。
◇石油開発と輸出の主要な権限も自治政府が持つ。
これにはシーア派・スンニ派共に反発しており、
治安の悪化のからみもあって、
自派民兵集団の強化に走っている。
イラク政府はこの対応に苦慮しており、
米国も民兵集団の存続には猛反対している。
さて、就任したばかりのジャファリ首相は
早速、トルコを訪問し、
治安や経済問題を協議したとのこと。
*ジャファリ首相がトルコ訪問 治安や経済問題協議
世俗的イスラム国家として
トルコが新生イラクのお手本になるということだろうか。
あるいはクルド人絡みで密約でもかわしたか。
また、隣国イランは
イラク国内のシーア派勢力の伸張にホクホク顔で
早速、外相をイラクに派遣し、
ジャアファリ首相ら移行政府幹部と会談。
*イラン外相、関係改善へイラク訪問 移行政府を全面支援
イラン国境からの武装勢力の流入を阻止する、
国境管理の強化を約束するなど、
移行政府への全面支援を表明した。
さてさて、我々日本人にとっては
イラクの人名や組織名ってのは
あまりにもなじみづらく憶えづらい。
よって、ここで付録として
イラクのデータ、
主要人物名などをざっとまとめておきますね。
まず、イラク三大勢力の人口比率ですが、
◇シーア派:60%
◇スンニ派:20%
◇クルド人:15%
となってます。
次に議席の配分ですが、
◇統一イラク同盟(シーア派):140議席
*イラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)と
アッダワ党、イラク国民会議の統一会派
◇クルディスタン同盟リスト(クルド人):75議席
*「クルド愛国同盟」と「クルド民主党」の統一会派
◇連合会派イラク(シーア派):40議席
◇イラク人(スンニ派傍流):5議席
総議席275のうち、
シーア派が圧倒的多数です。
最後に各勢力の内訳を書いておきます。
<シーア派>
*最高権威はシスタニ師
米軍の早期撤退を要求している。
◇イラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)
◎リーダーはハキム師。
◎自派から副大統領としてアブドゥルマフディ氏を輩出。
◎親イラン
◎私兵集団バドル軍を抱える。
◇アッダワ党
◎リーダーはジャアファリ氏
◎ジャアファリ氏は移行政権の首相に就任。
◎私兵集団を抱える。
◇イラク国民会議
◎リーダーはチャラビ氏。
◎チャラビ氏は移行政権の副首相に就任。
◎弱小勢力
◇連合会派イラク(イラク・リスト)
◎リーダーはアラウィ前首相
◎シーア派だが世俗色の濃い政党
◎親米派
◎一人も閣僚に登用されていない。
◇サドル派
◎リーダーはサドル師
◎反米急進派
◎私兵集団マハディ軍を持ち、ナジャフで米軍と戦闘。
◎一部が「国民エリート団」として選挙に参加し三議席を獲得
<スンニ派>
*選挙はボイコット。
◇イラク・イスラム聖職者協会
◎イラクのスンニ派宗教指導者の連合体
◎スンニ派の最高権威機関。
◇イラク・イスラム党
リーダーはモフセン・アブドルハミド氏
◇スンニ派宗教財団
◇旧フセイン派残党
<クルド人>
◇クルド愛国同盟(PUK)
◎リーダーはタラバニ氏
◎タラバニ氏は移行政権において大統領に就任
◇クルド民主党(KDP)
◎リーダーはバルザニ氏
◎自派からタイフール国会副議長を輩出
◎タイフール氏は、
1996年にクルド民主党がフセインと手を結んで
クルド愛国同盟を攻撃した時の司令官
◇クルド人の民兵組織は「バシュマルガ」
兵力は10万人。
ざっとこんな感じですな。
それぞれの勢力も
かならずしも一枚岩ではなく、
穏健派・急進派に割れています。
*持田直武 国際ニュース分析:イラクのテロ拡大
*持田直武 国際ニュース分析:
イラク選挙後、混乱の芽は消えず
*イラク:Terrorist or Resistance ?:
「分析・イラク新政権」酒井啓子(世界6月号)
*FOREIGN AFFAIRS JAPAN:Iraq Q&A「スンニ派」
*FOREIGN AFFAIRS JAPAN:Iraq Q&A「シーア派」
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