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by misaki80sw

カテゴリ:日本(政治経済)( 81 )

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首相経験者ら、靖国参拝自粛求める

 河野洋平衆院議長は1日、
 議長公邸で自民党の森喜朗氏ら首相経験者と懇談し、
 小泉純一郎首相の靖国神社参拝について
 「慎重の上にも慎重に対応すべきだ」との認識で一致した。

 一方、公明党の神崎武法代表は同日の記者会見で、
 首相が同党の反対を押し切る形で参拝した場合、
 「連立の基盤に悪影響がある」と表明。
 与党内で参拝自粛の声が強まり、
 首相は一段と苦しい対応を迫られそうだ。
 
 河野氏との懇談には、
 森氏のほか橋本龍太郎、村山富市、宮沢喜一、
 海部俊樹の各氏が出席。
 河野氏が「昨今の近隣諸国との急速な関係悪化は
 とても看過できない。
 その大きな原因の1つに小泉首相の靖国神社参拝がある」
 と指摘したのに対し、
 森氏らも首相の参拝自粛が必要との考えを示した。 

   (時事通信)


森喜朗、橋本龍太郎、村山富市、宮沢喜一、
海部俊樹、そして河野洋平。
・・・こ、これは失政政治家のコレクションですか? (ーー;)

題して「媚中な僕ら」。
サブタイトルは
「紅の傭兵と歴代失政首相の愉快な仲間達。」

◆海部俊樹

 1991年の湾岸戦争時、
 時の内閣総理大臣海部俊樹は
 サダム・フセインのクゥート侵攻と
 湾岸情勢の悪化に右往左往し、
 同盟国米国からの支援要請にもろくに応えられず、
 人は出せないから金を出すと、
 10億ドル単位の金を
 事態の悪化と米国の苛立ちと共に小刻みに乱発し、
 結果、合計130億ドルの巨額の拠出をしながら
 米国はもとより、多国籍軍からも、
 当事者のクウェートからも感謝されることはなかった。

 *湾岸戦争から十年を経て


◆宮沢喜一

 鈴木善幸内閣時の1982年6月。
 「教科書が侵略を進出に改めた」との誤報事件が起き、
 当時の宮沢喜一官房長官は誤報であるのもかかわらず、
 中韓の圧力に屈して「宮沢談話」を発表し、
 これが教科書検定の際の
 「近隣諸国条項」をくっつけるもととなった。

 総理大臣になった1993年には、
 官房長官の河野洋平が
 なんの証拠もないのに
 政府と軍による「慰安婦の強制連行」を認めてしまった。
 いわゆる「河野談話」。

 *教科書問題の発端「世紀の大誤報」の真実

 *宮沢喜一の略歴と教科書問題

 *河野談話


◆村山富市

 1995年1月、阪神大震災。
 時の内閣総理大臣村山富市は
 まともな対策を打ち出せず、後手後手にまわり、
 劫火の炎の中で6千名以上が亡くなった。

 同年3月、オウム真理教による地下鉄サリン事件。
 首相としてろくなリーダーシップも発揮できず、
 左翼論調にひっぱれてオウムに破防法を適用せず、
 あれだけの大量殺戮テロをおこした団体が
 いまだに「任意団体」として活動を継続中である。

 同年8月、村山談話を発表。
 「植民地支配と侵略によって、多くの国々、
 とりわけアジア諸国の人々に対して
 多大の損害と苦痛を与えた」
 「痛切な反省の意を表し、
 心からのおわびの気持ちを表明する」
 と、戦後18回目の謝罪を行った。


 *阪神・淡路大震災 - Wikipedia

 *オウム真理教 - Wikipedia

 *村山談話

 *近聞遠見:「村山談話」は生きてるか


◆橋本龍太郎

 海部内閣の大蔵大臣在職時、
 あの悪名高い「総量規制」を行い、
 バブル崩壊の幕を開いて引責辞任。

 首相在任中は、
 消費税率を5パーセントに上げて消費を冷え込ませ、
 バブル経済崩壊後、緩やかに回復軌道に乗りつつあった、
 日本経済の足を引っ張る結果になった。

 1996年のペルー 大使館人質事件では、
 ペルー政府側の強行突入を予測できず、
 「人命第一」を呪文のように唱え、
 世界の失笑を買った。

 1997年には、
 中国政府公安当局に在職していた、
 中国人既婚女性との交際が発覚。
 翌年の1月20日の衆院予算委員会で、
 自由党の西村眞悟議員の質問に対して、

  「彼女は衛生部通訳」

  「人妻のプライバシーに配慮して欲しい」

 などとシレっと答えた。

 しかし、同年の「諸君」6月号で
 「橋本首相『中国人女性』とODA26億円の闇」
 と題するレポートが掲載され、
 この女性と対中ODAをめぐる、
 首相に対する中国側の工作が綿密に書かれている。

 *永田町コンフィデンシャル:「諸君!」6月号がスクープ!


あ~もう、こういう羅列を見ると情けなくなるね。
森喜朗氏は短命内閣だったから
面倒くさいから書かないよ。

この連中に共通するのは

◇ヘタレ首相で媚中派

◇バブル崩壊後の日本経済再生に失敗した

この2点だな。

特に後者の場合、
この連中がリレーのように政権を受け継ぎ、
その都度、経済失策を繰り返して、
いよいよ日本経済は傷を深めていった。

この失政総理のお歴々を
あの「紅の傭兵」こと河野洋平が集めて、
小泉総理の靖国参拝を非難したという。

しかし、現在の中国の行状を見るに
君らのやってきた対中外交が
完全に失敗だったのは明々白々。

天安門で中国人が大量虐殺されても
「中国を孤立させるな」と天皇陛下に訪中させ、
莫大なODAをつぎ込み続け、
それから十数年の月日を経て
経済成長を遂げた中国は
日本に対して舐め放題のやり放題。

この連中はどの面下げて
いまだ国政に口を突っ込むつもりなのか?
己の失政と無能の数々を反省して
とっとと田舎に帰って隠棲しろ。
そろいも揃って皆、60歳を越えてるんでしょ?
いい歳して恥ずかしく思えよ。

見識もなく、能も無く、
気概も無く、節義もなく。
この馬鹿馬鹿しき面々が相集いて対中外交を語る。

 無能政治家、議長公邸に集い、
 媚中の怪気炎をあげる。
 世人は皆失笑す

な~んて感じですか。
素敵な会合ですこと。



海部俊樹 - Wikipedia

宮澤喜一 - Wikipedia

村山富市 - Wikipedia

橋本龍太郎 - Wikipedia

森喜朗 - Wikipedia

河野洋平 - Wikipedia

日本の戦争謝罪発言一覧 - Wikipedia


娘通信♪関連過去記事
中国反日暴動・・対中外交の失敗と国家戦略の転換
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by misaki80sw | 2005-06-01 21:35 | 日本(政治経済)
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対馬沖で海上慰霊祭 日本海海戦100年

 日露戦争(一九〇四-〇五年)の
 勝利を決定付けた日本海海戦から百年を迎えた二十七日、
 海戦の舞台となった長崎県対馬沖で海上慰霊祭が行われ、
 日露両国関係者ら約三百人が参加。
 海に献花するなどした。
 海上には地元の漁船約八十隻も集まり、
 隊列を組んで沖まで伴走した。
 また、神奈川県横須賀市でも関連の式典が行われた。
 
 海上慰霊祭は、対馬市や、地元の有志でつくる、
 「対馬・歴史顕彰事業推進委員会」(武末裕雄委員長)
 などで構成する実行委員会が主催。
 漁業関係者も有志として参加した。
 
 一方、神奈川県横須賀市ではこの日、
 ロシアのバルチック艦隊を撃破した記念艦、
 「三笠」の前で記念式典が行われた。
 日本海海戦百周年記念大会名誉会長の
 中曽根康弘元首相や
 ロシアのガルーチン駐日公使、
 米英の政府高官ら約七百人が出席。
 日露両国の国歌に続き、黙祷し、戦没者を追悼した。
 「三笠」は二十八日から二日間、無料開放する。

   (産経新聞)


明治37年(1904年)2月6日、
日露両国は戦端を開いた。
陸軍は満州の荒野で
ロシアの大軍と数度にわたる会戦を行い、
明治38年3月の奉天会戦において
ロシア軍に決定的な打撃を与え、
以後、戦線は膠着した。

この陸軍の補給線を守るべく、
日本海軍は黄海海戦でロシア太平洋艦隊を撃破した。

しかし、ロシアは欧州方面の艦艇を集め、
第二太平洋艦隊を編成、これを極東に送り込んだ。
これがバルチック艦隊である。

日本海軍は
大陸に派兵した陸軍を孤立させないためにも
バルチック艦隊を撃滅し、
海上補給線を維持する必要があった。
海軍に課せられたのは完璧なる勝利、
敵艦隊の撃滅であった。

世界各国はこの戦いの行く末を見つめていた。
大陸帝国のロシアが勝つか、海洋国家の日本が勝つか。
日本と同盟中の英国、日本寄りの姿勢を示す米国。
そしてロシアと同盟を結ぶフランスとドイツ。
さらに列強の下で呻吟していたアジア・アフリカ。
この戦争の帰趨は、極東に接近中のバルチック艦隊と
東郷平八郎大将率いる連合艦隊の戦闘に委ねられた。

明治38年(1905年)5月27日午前9時40分、
対馬海峡を哨戒中の哨戒艦信濃丸から
朝鮮南東岸の鎮海湾に停泊中の連合艦隊旗艦「三笠」に
「敵艦隊見ゆ」の無電が飛び込んだ。
ロシア・バルチック艦隊の来襲である。
 
三笠の連合艦隊参謀秋山真之中佐は
東京の海軍軍令部あてに1通の電文を送った。

  敵艦見ユトノ警報ニ接シ、
  連合艦隊ハ直ニ出動、之ヲ撃滅セントス
  本日天気晴朗ナレドモ波高シ

鎮海湾を発した艦隊は、
東郷平八郎大将直率の第一戦隊と
上村彦之丞中将の第二戦隊が単縦陣を組み、
対馬海峡隠岐島西方へと向かった。

日本側は戦艦4隻、装甲巡洋艦2隻、
一等巡洋艦6隻を中心とする91隻。
ロシア側は戦艦8隻、装甲巡洋艦3隻、
装甲海防艦3隻を中心とする38隻。

日本は小型の水雷挺までを含めた隻数であり、
海戦の主力たる戦艦の隻数はロシアに劣り、
世界各国の軍事関係者も
ロシアの勝利を予想した者が多かった。

13時39分、連合艦隊は敵主力を艦首方向に視認、
東郷大将は戦闘開始を命令。

13時55分、旗艦三笠はZ旗を掲揚。

  皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ
  各員一層奮励努力セヨ

14時05分、敵艦隊との距離8千メートル。
ここで東郷は取舵一杯を命令。
敵前における大回頭を開始した。
戦史に名高い「東郷ターン」である。

14時10分、敵との距離6千4百メートル、
回頭を終えた三笠は射撃を開始。

東郷は幕僚の薦めにも従わず、
装甲に囲まれた司令塔に入ることを断り、
三笠の吹きさらしの艦橋上にあって
泰然と眼前の敵艦隊を凝視しつづけていた。

この小柄な薩摩出身の老将は
幕末の争乱期、薩英戦争で初陣を飾り、
日本で最初の海戦となった阿波沖海戦では
砲手として幕府海軍と戦った。
彼はトラフォルガーにおけるネルソンの如く、
この海戦で死ぬつもりであった。

激烈な砲撃が両艦隊を交叉した。
戦艦同士がうなりをあげて砲撃し、
巨弾を相手の装甲にたたき込む。
海上には濛々たる黒煙があがり、
砲撃を食らった艦では死者の血が甲板を濡らした。

戦いは最初の30分で決まった。
ロシアの主力艦は皆、炎につつまれ、
ことに旗艦スワロフと戦艦オスラービアは
日本艦隊の砲弾が集中し、艦上は廃墟と化した。

東郷は日本艦隊の優速を生かして、
小刻みな変針を行うことで
常に敵の頭を押さえつけていた。
いわゆる「T字戦法」である。

当時、世界の軍艦は
攻撃力よりも防御力が優れており、
分厚い装甲を持った戦艦は容易に沈まぬと信じられていた。
しかし、15時10分、
戦艦オスラービアが大きく腹をさらして
海底に没していった。
19時3分には
ロシア艦隊二番艦アレクサンドルⅢ世も沈没。

19時10分、三笠は日没により射撃を中止。
翌日の戦闘に備え、鬱陵島を合流地点として
北進を開始した。

バルチック艦隊の損害は凄まじく、
戦闘組織としてはすでに崩壊状態に達しており、
各個艦がそれぞれの僚艦と共に、
ウラジオストックへの遁走を意図し、
バラバラに北走していた。

しかし、夜間に入ると
日本側の小型巡洋艦・水雷艇を中心とした水雷戦隊が
快速を利用して
落ち武者を狩るようにロシア艦を襲撃した。

翌28日、連合艦隊は鬱陵島の南方に集結。
9時30分、残存艦隊を発見。
ネボガトフ少将指揮下の小艦隊である。

急接近した連合艦隊にネボガトフは戦意を喪失。
全艦の砲撃を中止し、
機関を停止させて降伏を表明した。
ここに海戦は終結した。

日本側の損害は、水雷艇3隻の沈没のみ。
ロシア側は、38隻のうち、
沈没21隻、降伏・拿捕7隻、
中立国に逃げ込み武装解除されたもの7隻、
残り3隻の小艦艇のみが
ウラジオストック港に逃げ込んだ。

バルチック艦隊の司令長官、
ロジェストヴェンスキー中将は負傷し、
海上で捕虜となった。

世界中が騒然となった。
完璧なる勝利。
パーフェクトゲームの海戦。
そして世界史における白人優位の歴史に
ストップがかかった瞬間であった。
明治維新から、わずかに30年後の壮挙である。

海戦終結後、
ロジェストヴェンスキー中将は
佐世保の海軍病院に入院し、
それを東郷大将は見舞った。

東郷は言った。

  閣下、
  はるばるロシアの遠いところから
  回航して来られましたのに、
  武運は閣下に利あらず、ご奮戦の甲斐なく、
  非常な重傷を負われました。
  今日ここでお会い申すことについて
  心からご同情つかまつります

  われら武人はもとより
  祖国のために生命を賭けますが、
  私怨などあるべきはずがありませぬ。
  願わくば十二分にご療養くだされ、
  一日もはやくご全癒くだされることを祈ります。

ロジェストヴェンスキーは、

  私は閣下のごとき人に敗れたことで、
  わずかにみずからを慰めます。

と答えた。

いまだ武士道と騎士道の余韻の残る時代であった。



坂の上の雲:司馬 遼太郎 (著)

Z旗:日本海海戦

日本海海戦時の連合艦隊主力

日露戦争 - Wikipedia

日本海海戦 - Wikipedia

東郷平八郎 - Wikipedia
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by misaki80sw | 2005-05-29 01:23 | 日本(政治経済)

民主国対委員長、靖国発言で森岡厚労政務官の辞職要求

 民主党の鉢呂吉雄国会対策委員長は
 27日午前の記者会見で、森岡正宏厚生労働政務官が
 靖国神社に合祀(ごうし)されているA級戦犯を
 「罪人ではない」などと述べたことについて
 「断じて許されない」と批判した。
 そのうえで「辞職に値する。
 内閣として速やかな処置をとるべきだ」と
 森岡氏の更迭を要求した。

   (日経新聞)


この「森岡正宏厚生労働政務官の発言」とは、

「A級戦犯はもう罪人でない」自民代議士会で森岡政務官

 「極東国際軍事裁判は、平和や人道に対する罪を
 勝手に占領軍が作った一方的な裁判だ。
 A級戦犯の遺族には年金をもらっていただいており、
 日本国内ではその人たち(A級戦犯)はもう罪人ではない」

 「中国に気遣いして、
 A級戦犯がいかにも悪い存在だという、
 処理のされ方をしているのは残念だ。
 日中、日韓関係が大事というだけで、
 靖国神社にA級戦犯がまつられているのは悪いがごとく言う。
 こういう片づけ方をするのは後世に禍根を残す」

これですね。

まあ、私から見ると当たり前の発言であり、
これを批判して「辞職に値する」なんて言っている、
民主党の鉢呂なる小僧こそよっぽど頭がおかしい。

ちなみにこの人ですが↓

鉢呂吉雄ウェブサイト

口だけでなく重大決意を 鉢呂氏が公明党に注文

鉢呂君よ、君に聞くが
君は「A級戦犯、A級戦犯!」とわめいてるが
A級とB級の違いが分かってるのかね?

◇A級戦犯 = 「平和に対する罪」:戦争を遂行したこと。

◇B級戦犯 = 「通例の戦争犯罪」:捕虜の虐待など
  
◇C級戦犯 = 「人道に対する罪」:一般民衆の虐殺など

つまり、A・B・Cたって
別に階級じゃないんだよ。
Cが軽くて、Aが重いとかそういう区分けじゃない。
種類ごとの分類に過ぎない。

君が東京裁判を妥当とし、
「A級戦犯は罪人だ」と思うのなら、
AもBもCも同等のはずだよ。

まあ、最もこの裁判の判決は
あまりにもいい加減で冤罪が多いし、
そもそも事後法で人を裁くという発想自体が
文明人の発想ではない。
あの裁判自体が壮大な私刑であり、間違っている。

君は私刑を容認するのかね?
事後法による裁きを容認するのかね?
罪刑法定主義とは何だか分かってるのか?
いっそ、君と民主党を私刑と事後法で裁いてやろうか?

そもそも戦犯とは何だ?
「平和に対する罪」「戦争を遂行した罪」とは何だ?
誰が何の根拠で、何の権威を持って
戦犯なるものを選び出すのか?

さて、サンフランシスコ講和条約で
日本は東京裁判を受諾している以上、
首相はA級戦犯を合祀している靖国神社に
参拝すべきでないという意見がある。
鉢呂君、君なんかその党派だろ?
でもね、それは勉強不足の証拠なんだよ。

かつて私は過去記事にも書いたけど、

加藤紘一氏、「靖国参拝」を批判 in 北京

確かに、サンフランシスコ講和条約の
第11条にはこう書いてある。

 日本国は、極東国際軍事裁判所並びに
 日本国内及び国外の
 他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し

この「裁判を受諾し」の文言。
実は英語の原文では受諾したのは「Judgements」。
つまり「判決」ということ。
日本国政府が判決にしたがって、
刑の執行を継続するということ。

裁判そのものを認めるという意味じゃなく、
「裁判」そのものや、その判決理由についてまで
同意したという意味ではない。

ここらへんは当時の日本人のギリギリの抵抗ラインであり、
気骨そのものだね。

さらに、

 これらの拘禁されている者を赦免し、減刑し、
 及び仮出獄させる権限は、
 各事件について刑を課した一又は二以上の
 政府の決定及び日本国の勧告に基くの外、
 行使することができない。
 極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、
 この権限は、裁判所に
 代表者を出した政府の過半数の決定及び
 日本国の勧告に基くの外、行使することができない。

この条文に従い、日本政府は1950年代に
国民4千万人にものぼる釈放請願署名を集め、
社会党を含めた圧倒的多数による、
国会決議をもとに各国と交渉し、
巣鴨に収監されていた戦犯の方々を釈放した。

もうこの段階で、
講和条約の手続きに従い赦免してるわけで
戦犯だなんだとガタガタ言われる筋合いは無い。
結果、条約の観点から見て、
彼らの靖国合祀は何の問題は無く、
さらに首相の参拝も問題はない。

分かったかね、鉢呂君?
君は東京裁判自体を受け入れ、
受け入れるが故にA級戦犯を合祀した靖国神社に
首相が参拝することに反対し、
それに異論をとなえる厚生労働政務官を
「断じて許されない」などと妄言を吐いている。
いい歳して恥ずかしく思わんか?

君が君自身の歴史観に基づいて言ってるなら
まだ分からないではない。
ただ、法的観点・条約的観点で言ってるのなら
勉強不足もはなただしい。

まあ、民主党ってのは
党首以下、視野狭窄症と政治音痴が揃ってるから、
君のような存在は当たり前なのかもしれないけどね。

首相の対応「日中の溝深める」=岡田民主代表

民主党政調会長、小泉首相の対応「小児病的」
 =日中関係悪化


聞くところによると、この森岡正宏氏は
自民党内で人権擁護法反対の論陣を張っている人で、
硬骨の主であるとか。

なめ猫♪:森岡正宏先生に激励を

森岡正宏サイト

まっこうから正論を唱えるのは勇気がいること。
ことに鉢呂君の如き軽薄者が跋扈する政界で
こういう硬派なことを言えば
たちまち叩かれてしまう。

森岡氏は勇気があると思う。
鉢呂君よ、君も少しは見習え。



サンフランシスコ平和条約

国際派日本人養成講座:サンフランシスコ講和条約

国際派日本人養成講座:パール博士の戦い


娘通信♪関連過去記事
加藤紘一氏、「靖国参拝」を批判 in 北京
日中首脳会談・・泣ける内容ですな。
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by misaki80sw | 2005-05-27 22:05 | 日本(政治経済)
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防衛庁情報本部。
人員は約2000名。
6個の部と通信所から構成されている。
英語名は
「DEFENSE INTELLIGENCE HEADQUARTERS」
略称は「DIH」。

設立は1997年1月。
対外情報収集とその分析を主な任務とする。
防衛庁・自衛隊内の複数の情報組織を統合し、
防衛庁設置法第28条に基づき、
統合幕僚会議の下に設置された。

本部長は、自衛隊の将官クラスが任命され、
副本部長に防衛庁内局のシビリアンがつく。
その下に4名の情報官が補佐役として配置され、

1,各国保安・国防政策情報担当

2,周辺国情報担当

3,周辺国以外の他国情報担当

4,電波情報担当

それぞれの分野を担当する。
1と4が防衛庁キャリアの文官で
2と3が自衛官から選抜される。

組織構成は以下。

◇総務部

◇計画部:情報の配付の計画、業務計画の作成。
     情報伝達。

◇分析部:収集した情報の分析・評価。
     地域別の5つの課に分かれる。

◇緊急・動態部:緊急事態時の情報収集と分析。
        24時間体制での勤務。

◇画像・地理部:衛星画像の解析

◇電波部:電波情報の収集と解析


まあ、ざっと見れば分かると思いますが
「画像・地理部」と「電波部」が情報を収集し、
「分析部」が情報を分析する。
「緊急・動態部」が24時間年中無休で突発事態に備える。
「計画部」は情報本部の全体計画の策定を行い、
「総務部」は事務・庶務担当。

情報本部自体の情報収集ルートは、
公刊情報、電波情報、画像情報の3つしかないが、
防衛庁や自衛隊内の他情報組織からも
情報本部に情報が上がってくる。

たとえば中央調査隊。
全国の各師団の傘下にある調査隊から
情報が集められ、ここで集約される。
任務は情報収集と防諜で、
1973年の金大中拉致事件の際には
ここの部員が関係してるのではないかと
騒ぎになったこともある。

あと、中央資料隊。
内外の公開情報を集めて翻訳・分析を行う
他にも幾つかの情報収集機関が存在する。

さて、防衛庁情報本部の情報収集において
メインになっているのが
電波情報(SIGINT)の電波部と
画像情報(IMINT)の画像・地理部。
以下、この2つを詳しく解説しましょう。


<電波部>

情報本部の定員は2千名。
このうちの半分の千名が電波部の所属。
どれだけ電波情報をこの組織が重視してるかが分かる。

電波部は傘下に6つの通信所を持っている。

◇東千歳通信所(北海道)

◇小舟渡通信所(新潟県)

◇大井通信所(埼玉県)

◇美保通信所(鳥取県)

◇大刀洗通信所(福岡県)

◇喜界島通信所(鹿児島県)

さらに、それぞれの通信所が分遣隊を持っている。

これらの通信所には
「ゾウの檻」と呼ばれる巨大な電波収集アンテナが設置され、
飛び交う電波情報を収集している。

ここから得た情報が電波部に集約され、
地域別に分かれた各セクションの中で
情報の解析、暗号通信の解読などを行っている。

たとえば北朝鮮は第三課の担当であり、
北朝鮮全土で発信される北朝鮮軍の部隊同士の無線交信は
わずか数秒程度で位置を特定する精度を持つ。

1994年6月の金日成死去の際には、
急死が発表されて間もなく、
防衛庁から五十嵐官房長官のもとに
「北朝鮮軍に動き無し。
全土が静まりかえっている」との情報をもたらした。

もともと電波情報の収集と解析は
旧軍以来のお家芸であり、
前大戦中は埼玉県大井町の通信所などを中枢として
米軍の艦船や航空機の動きを
かなり正確に把握していた。

防衛庁電波部の前身は
陸上自衛隊調査部第二課別室、通称「調別」。
さらに、その前は調査第二課二部別室、
通称「二別」と呼ばれていた。

その二別時代に
この電波傍受組織がにわかに世間の脚光を浴びた。
1983年9月1日午前3時26分、
サハリン近辺、ソ連領空にて一機の旅客機が撃墜された。
大韓航空機撃墜事件である。

日本は中曽根内閣の時代で、
官房長官は後藤田正晴。
彼のもとに事件の情報が入ったのは午前8時。
内閣調査室長の鎌倉節からの情報で
鎌倉は後藤田に「大韓機は撃墜されました」と断定した。

内閣調査室(内閣情報調査室の前称)は
前の記事で書いたとおり、

国家と情報機関 その2・・内閣情報調査室

かつて「二別」を実質上傘下においており、
ここから情報がダイレクトに入ってきていた。

自衛隊の稚内の電波傍受基地は
大韓航空機撃墜に至るソ連戦闘機と空軍司令部の
双方の無線のやり取りを完全に傍受していた。

事件発生から5日後、
日米両政府はこの傍受記録の一部を公開し、
国連においても、この生々しい交信のやり取りが
米代表によって公開され、
ソ連は自国の非を認めざるをえなくなった。

この大韓航空機撃墜事件は
自衛隊の電波情報収集力の凄さを見せつけたが、
一方で、この電波傍受組織の持つ致命的な弱点が
浮き彫りにされた。
それは過度の米軍との一体化である。

内調室長から後藤田のもとに
撃墜の情報が上がったのが午前8時だが、
実は米国は撃墜直後に
この自衛隊の傍受無線情報を入手していた。

後藤田の回想録には以下のように書かれている。

  僕はこの情報経路がけしからんと思ったね。
  東京より先にワシントンに報告が行ってるんだ。
  ただ、無理もない面もあってね。
  傍受施設には米軍の担当者もいたからね。

東京より先にワシントンに報告が行ってる?
傍受施設には米軍の担当者がいた?
これはどういうことなのか?

稚内の「二別」傘下の電波傍受基地は、
ソ連関係の無線傍受の専門基地として設置された。
正式名称は東千歳通信所稚内分遣部隊。

実は、この稚内基地には
米軍の通信情報部隊が同居していた。
この通信部隊の名は「プロジェクト・クレフ(CLEF)」。
米空軍電子保安司令部、海軍保安群、
陸軍情報保安司令部の三者によって
1982年に創設された極めて特殊な機関であり、
米国家安全保障局(NSA)の管轄下にあった。

プロジェクト・クレフは三沢の米軍基地や
メリーランド州フォート・ミードの基地と
密接に連絡を取り合っており、
この大韓航空機撃墜の電波情報は
日本の官房長官に届くよりも先に
米国のNSAに流れていた。

後藤田は当時を振り返ってこう語る。

  情報のルートが間違っているんでは
  日本の危機管理体制不足ということになる。
  官邸に情報が上がってくるのが遅いしね。
  日本の国というものはね、本当の意味で
  独立しているのかといったような気がしましたね。

当時の防衛庁の夏目事務次官は
この事件を振り返り語っている。

  プロジェクト・クレフの存在は知っていましたよ。
  存在そのものは事件が起こる前から知っていた。

  防衛庁でも、ごくひとにぎりの人しか知らなかった。
  知らせないようにしてたんです、事実。
  大臣も次官も知らないでおられた方が
  いっぱいいるとおもいますね。

  日本の傍受したものも
  米軍三沢基地に入ってたわけですね。
  みんな入るんです。
  そのシステムが問題であったわけです。後で考えると。
  ただし、そのころは、
  そういうことが問題になるという認識がなかった。
  なぜそういうことがなかったのか。

  ご承知のように、
  日本の防衛のいちばん大事な点というのは、
  アメリカが日本占領中、朝鮮動乱あるいは
  平和条約が発効し引き揚げていったその過程で、
  アメリカが核として残したものを
  日本がそのまま引き継ぎ、
  それが基本になっていることです。
  そのいきさつからアメリカに情報が行くことというのは
  当然みたいに思っていたんですね。

後藤田は後にこの件について夏目を叱責している。

夏目は語る。

  こんなものが生で
  ストレートにいっちゃうとは思わなかった。
  どっかにクッションがあっていくんだろうと
  思っていたんです。それがなかった。
  ある意味では情報管理が
  まだ確立されていなかったことは否めない。
  私が後藤田さんに叱られたのは
  そのことだったとおもいますね。

日本の国家機密そのものの電波傍受基地に、
何故か米軍部隊が同居し、
その得た情報を米国にダイレクトに伝えてしまう。
凄い現実です。

2005年の今、
この「プロジェクト・クレフ」が存在してるのか、
基地内に未だに米軍人が同居しているのかは分からない。

ただ、あれから日米同盟はさらに密接になり、
情報のリンクは当たり前になってきた。
あの時以上の、この種の「情報同居状態」が
行われている可能性は高いね。

同盟国といえど、所詮は他国であり、
こうも情報の半植民地化状態が許されていいものか、
疑問に思ってしまう。


<画像・地理部>

画像・地理部の前身は
陸上自衛隊の中央地理隊。
人工衛星や偵察機から得た画像の解析を行う。

この衛星画像は
以前は米国の民間衛星会社から買っていた。
米国の商業衛星「イコノス」が
1メートルの分解能(識別能力)を持つため、
ここからの画像に依存していた。

しかし、いくら民間衛星と言えど、
そこは米国企業であり、
米国の国益に反する画像は売ってくれない。
米軍のアフガン侵攻やイラク戦争時には
米国は民間衛星会社のアフガン・イラク方面の
衛星画像を「独占契約」し、
他国に流さないようにした。

また、1998年の「テポドンショック」の際には、
米国からもたらされる情報が杜撰であったり、
政治的にねじ曲げられたものであったことから、
日本も独自の偵察衛星を持つべきだという意見が沸騰し、
ついに2003年3月、
2基の情報収集衛星の打ち上げた。
カメラを搭載した画像偵察衛星と
合成開口レーダーを搭載したレーダー偵察衛星である。

この情報収集衛星の画像情報は
内閣情報調査室の「内閣衛星情報センター」に入る。
そこから必要な画像が
防衛庁情報本部画像・地理部に回ってくる。

防衛庁の本音としては
自分らで偵察衛星を運用したかったのだろうが、
「宇宙の平和利用」という過去の国会決議のため、
それは断念せざるを得なかった。

現在、画像・地理部は
わずか三百名程度の人員で切り盛りしている。
米国防省の国家地理・空間情報庁(NGA)の1万人や、
英国の国防地理画像情報庁(DGIA)の千人にも及ばない。


さてさて、防衛庁情報本部について解説してきました。
ここは前回の内閣情報調査室の人員の少なさに比べれば
規模的にはましと言うべきか。
ただ、カウンターパートに当たる米国防省の
国防情報庁(DIA)の一万人以上に比べると
やはり小規模な組織だなと思う。

予算の問題もあるのだろうが
この人数はもっと増員しないとね。
専守防衛とか言って己の手足を縛ってるのだから、
情報には他国よりも敏感じゃなければ困るよ。

最後に一つ付け加えておくと、
防衛庁情報本部は
自衛隊の統合幕僚会議の下に置かれており、
統合幕僚長を経れば
防衛庁長官に報告を上げられる建前だが
実質はそうはなっていない。

あの防衛庁の悪しき内局優越制度によって、

 防衛庁情報本部
   ↓
 統合幕僚会議議長
   ↓
 防衛庁防衛局調査課
   ↓
 防衛局長
   ↓
 防衛庁次官
   ↓
 防衛庁長官

この過程を経なければならない。

この馬鹿馬鹿しいまでの
複雑ルートを通過しなければ情報は上げられず、
途中で防衛局調査課長が「こんなもんいらん」と言えば、
そこで報告が途絶えてしまう。
また、タイムリーに情報が上げられない。
緊急時にこの調子では困るでしょ。

これは前防衛庁情報本部長の太田文雄氏が
「情報と国家戦略」という著書の中で嘆いてることで、
まあ、ここで防衛庁の内局優越システムの是非や
背広組と制服組の争いについて書こうと思わないが、
この種の報告システムの欠陥を改めないと
せっかく情報本部を作って、
良き情報収集と良き分析を行っても、
これでは宝の持ち腐れになってしまうよ。
ここらへん改善を希望します。



防衛庁情報本部

情報、官邸に達せず:麻生 幾 (著)

公安アンダーワールド:宝島社文庫

「情報」と国家戦略:太田 文雄 (著)

誕生 国産スパイ衛星 独自情報網と日米同盟 
 春原 剛 (著)


法の男 後藤田正晴―21世紀への伝言

時代の証言者 (5):後藤田正晴


娘通信♪関連過去記事
国家と情報機関 その2・・内閣情報調査室
国家と情報機関 その1・・敵を知り、己れを知れば
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by misaki80sw | 2005-05-26 00:50 | 日本(政治経済)

中国新幹線にODA 政府、採用なら供与方針

 政府は二十一日、
 中国が北京-上海間で建設を計画している高速鉄道に
 日本の新幹線を採用した場合、
 その建設を支援するための政府開発援助(ODA)を
 供与する方針を固めた。
 新幹線採用への呼び水としたい考えだが、
 政府・与党内の一部などには、
 日中関係がぎくしゃくしている折、
 中国は高速鉄道への採用問題を
 日本に対する新たなカードに使っているとして、
 ODA供与方針を懐疑的にみる向きもある。
 
 供与の具体的な内容としては、
 軌道やポイント、駅構内、
 信号・変電所などの建設に充てる円借款と、
 新幹線運行の技術協力が想定されている。
 対中ODAに関し政府はすでに、
 新規案件への円借款供与を
 二〇〇八年夏の北京オリンピックまでに
 打ち切る方針を決めているが、
 新幹線建設支援に供与されることになれば、
 昭和五十四年に始まり四半世紀に及び、
 総額三兆四千二百三十四億円(三月末現在)にも上る、
 対中ODAの最後の大規模プロジェクトとなる。

 だが、中国側は
 新幹線を導入するかどうかをカードにし、
 小泉純一郎首相の靖国神社参拝問題に
 揺さぶりをかける姿勢をみせている。
 現に北側一雄国土交通相が一月に訪中した際、
 劉志軍鉄道相が新幹線技術を高く評価する一方、
 靖国神社参拝問題が障害となっているとの認識を示唆した。
 こうした中国側への反発に加え、
 四十年近くにわたり蓄積してきた新幹線の建設、運行技術を
 中国へ安易に提供することへの慎重論も根強い。
 中国側に新幹線導入への反対論が強いのも事実で、
 新幹線が導入の運びとなるかどうか、なお不透明だ。

   (産経新聞)


このニュースもそうだし、
先日の、訪日観光ビザ発給を中国全土へ拡大し、
これを恒久化するとの政府の発表。

訪日観光ビザ、中国全土への拡大を恒久化
 首相が伝達へ


もうね、アホかと。
アホ、ここに極まれりと。

だいたい、この新幹線売り込みにしても
当のJR自身が嫌がってるでしょ。
全くメリットは無いって言ってるでしょ。
単に技術を相手に渡してしまうだけだよ。
こんなもん何の意味がある?

この新幹線売り込みにODAを付けたってことは
政治家・政商が一体となって
甘い蜜にたかろうって魂胆でしょ。
利権屋どもの最後の対中ODAパーティーってわけだね。

それと国家全体の観点から言うならば、
小泉政権って何がしたいわけ?
原則ってものがあるのかね?
あるいは戦略ってものがあるのかね?

あれだけ反日暴動が吹き荒れ、
ろくに謝罪もなく、賠償もなく、
言いたい放題さんざん言われて、
「新幹線いかがですかあ?
ODAつけて援助しちゃいますよ~」
世界の第三者が見ればこの光景はどう見えるんだろう?
まともな国家に見えないだろうなあ。
ほとんどマゾだよ。

要するに一貫性が無いんですよ。
反中の中国包囲網路線で行くなら行く、
媚中の土下座路線で行くなら行く、
どっちかに徹するなら分かるけどね。

そんなに土下座外交の商利優先で行くのなら、
それに徹してみろよ!
靖国参拝なんかしませんと明言し、
日米2プラス2なんかやめちまえ。
台湾は中国の領土でさっさと統一されるべきだと断言し、
外相が反日暴動の謝罪を求めようとすると
閣内不統一でクビにしろ。
東シナ海の海底ガス田だって
あんなコスト高のガスなんか中国に譲っちゃえ。

それを、日米同盟の強化を宣言したと思えば、
相反する東アジア共同体構想にも熱心で、
靖国に参拝したと思えば、バンドン会議では謝罪し、
日中首脳会談では言いたいことも言わず、
かと思えば外相や経産相は硬骨で反中言動を繰り返し、
と思ったら新幹線絡みでODAを供与し、
と言いつつ、自衛隊は西方シフトで
基地や部隊配備を西日本に移しつつあるし、
とかなんとか言いながら、
外国人犯罪の堂々たるナンバー1の国に
観光ビザ発給の恒久化を決めてしまう。

あんたら、要するに何がしたいんじゃ!
一貫性ってものがないだろ。
ほとんど、これは分裂病だよ。
第88代小泉分裂病内閣(笑)
だって、この国交相と外相って
同じ内閣の人間だとは思えないんだけど。
ほとんど閣内不統一でしょ。

小泉氏自身が二重人格なんじゃないの?
ある時はA面の「純一郎」で
ある時はB面の「ジュンちゃん」で、
案外、そういうオチだったら大笑いなんだけど (^◇^)

結局、目先の小利ばっかり追いかけるから
大局的に見ると一貫性が無いわけでしょ。
こういう料簡の無い政権は呆れるばかりだね。

純ちゃんよ、
あんた、忙しすぎて
もう頭の中がメロメロなんだよ。
肩でも揉んでやろうか?
いっぺん、頭を整理しなさいよ。
日本の国家理念や国家戦略、
そして自分の政治理念やら何やらを
紙に書き出して整理しなさいよ。

山荘にでも籠もって
箇条書きにしてまとめてみなさい。
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by misaki80sw | 2005-05-22 13:30 | 日本(政治経済)

昨年3月29日の産経新聞朝刊に以下の記事が載っていた

☆内閣情報調査室、1000人体制に拡大 米CIAモデルに
 18年度めど首相直轄の新組織
 
 政府は二十八日、平成十八年度をめどに
 内閣官房の内閣情報調査室の人員を大幅に増やし、
 情報収集・分析機能を強化した情報組織に
 改組する検討に入った。
 国際テロや北朝鮮による工作活動などを
 未然に阻止することを視野に
 国家の安全保障や危機管理体制を整備するのが狙いで、
 米中央情報局(CIA)をモデルにした、
 首相直轄の情報機関を目指す。
 新組織の概要を詰めたうえで、
 関係部局や与党と法制面での調整に入る。
 
 政府関係者によると、構想は、
 現行百五十人程度の内閣情報調査室の職員の規模を
 一千人体制に拡大し、
 国家の安全保障にかかわる情報の
 収集・分析能力の向上を図る。
 増員分は法務省管轄下の公安調査庁などから
 職員を派遣して充てる考え。
 これに伴い、同庁は
 法務省の部局として二百人体制に縮小され、
 活動対象は左翼や共産党・旧オウム真理教
 などに限定される方向という。
 
 また、情報収集と表裏一体にある情報保護のため、
 外国・機関への国家防衛機密の漏洩(ろうえい)に
 厳罰で対処する「スパイ防止法」の制定なども
 検討課題となる見通しだ。
 
 日本にはこれまで、
 米国のCIAやイスラエルのモサドに匹敵するような、
 強力な情報機関がなかった。
 加えて冷戦終結後、内閣情報調査室や公安調査庁、
 外務省国際情報局、防衛庁情報本部など、
 情報部門の要員は約三割減らされ、
 予算も大幅に削減されており、
 専門家からは国家的な情報能力の弱体化を
 指摘する声も強まっていた。
 
 しかし、二〇〇一(平成十三)年の
 米中枢同時テロ「9・11」を境に
 日本国内でも国際テロをめぐる脅威や、
 北朝鮮の日本人拉致事件、
 不審船による工作活動への危機感が高まり、
 政府は危機管理体制を早急に整えておく必要があると判断。
 安全保障をめぐる情報機関の機能強化に動き出した。

 与党内でも安倍晋三・自民党幹事長ら幹部が
 日本独自の強力な情報機関の設置に前向きとされ、
 政府・与党は十六年度から、
 構想実現に向けて本格的に動き出す。

   (産経新聞)


私なんかはこの記事を見て
「おおっ、とうとう決断したか!」と喜んだものだが
その後、さっぱり音沙汰がない。
いつの間にか政治家や官僚から圧力があって潰れたのか、
おそらくそんなとこだろうね。

かつて1991年の湾岸戦争時の海部内閣において、
内閣の情報収集機能不足が露呈し、
内閣情報調査室と公安調査庁を統合し、
「新情報庁」という内閣直属情報機関を作る構想があった。

しかし、これも法務官僚の猛反対で潰れてしまった。
じゃあしょうがないってんで
公安調査庁職員の何割かを内閣情報調査室に移そうとしたが、
これも海部内閣退陣で流れてしまった。

戦後、この「内閣情報調査室」という、
内閣直属のミニ情報機関を核として
日本に巨大情報機関を創設するという案が
浮いては消え、浮いては消えを繰り返している。

日本人のCIAなどの謀略機関に対するアレルギーと
政治家や官僚同士の縄張り争いに押しつぶされて、
結局、内閣情報調査室は
その創設の1952年以来、
未だにちっぽけな組織のままである。

おそらく、この機関の設立に関わった人物、
吉田茂・緒方竹虎・村井順の3人は、
この事態を想定してなかったに違いない。

内閣情報調査室。
1952年9月、吉田内閣時に
内閣総理大臣官房に調査室という名称で設置され、
1957年8月に内閣調査室となった。
1986年7月に内閣官房の改編に伴い、現名称に変更。
内外情報の収集と分析・評価を行う。
人員は二百数十名。

内閣官房組織令の第四条で
 
 内閣の重要政策に関する情報の収集及び
 分析その他の調査に関する事務をつかさどる。

と、その役割を規定している。

発足時の1952年、
東アジア情勢は激動の中にあり、
中国は国共内戦を経て
1949年に共産党による中華人民共和国が成立。
1950年は朝鮮戦争が勃発。
また、日本は1952年4月の
サンフランシスコ講和条約の発効によって独立を回復した。

当時、米国は東西冷戦の激化と共に、
日本に共産主義諸国の情報収集と
スパイの摘発を行うために
強力な諜報機関の設立を日本に強く求めていた。

吉田茂首相は
内閣官房長官の緒方竹虎に諮り、
内閣官房内に「調査室」という名称の
小さな情報機関を設立した。
これが内閣情報調査室の源流である。

初代の室長は村井順。
内務省出身の警察官僚。
後に官を退いた後に、
大手警備会社「綜合警備保障」を設立した人物。

村井は戦時中は上海に駐在し、
上海興亜院で諜報工作活動に従事していた。
彼は、そこで多くの現地の特別機関と接触した。

調査室の設立と共に
村井は旧軍の諜報関係者を糾合し、
CIA型の巨大情報機関にまで成長させようと構想していた。
官房長官の緒方竹虎も情報機関の必要性を常々唱えており、
この両者は二人三脚の関係にあった。

ところが1953年、村井は突如失脚する。
欧州出張旅行中に公金横領のスキャンダルが浮上し、
これを嫌った吉田首相が彼を左遷したのである。

ここで内閣情報調査室の巨大情報機関への道は
挫折を余儀なくされた。
以後、その組織規模は固定され、
弱小情報機関から変化はない。


さて、現在の内閣情報調査室の内部構成を詳しく解説する。

内閣情報調査室は略称「内調」と呼ばれている。
人員は二百数十名程度。
他国の情報関係者からは
「CIRO(サイロ)」という名称で呼ばれることが多い。
「Cabinet Information Research Office」の略。

内調の室長は内閣情報官と呼ばれ、
代々、警察庁警備局からの出向者が当てられている。
内調の重要ポジションも
各官庁からの出向者で占められており、
その数は120名に及ぶ。
出向者の中で最大は警察庁で
25名を内調に送り出している。

この陣容を見ていると
内調とは警察の影響を強く受けた、
各官庁の寄せ集め集団であることがよく分かる。

組織構成は以下。

◇総務部

◇国内部

 国内一部:国内情報収集
 
  選挙班
  政務班
  政党班
  労働班

 国内二部:マスコミ・世論情報の収集と対策

◇国際部:対外情報収集担当
     防衛庁情報本部電波部との連絡
     主幹は警察庁からの出向者
 
  商社班:日本の総合商社との情報交換
  交換班:他国情報機関との情報交換、
       リエゾン(渉外)担当
  朝鮮半島班
  中国班
  ロシア班
  米州班
  アフリカ・中東班
  欧州班
  東南アジア班
  軍事班
  特命班

◇経済部

◇内閣情報集約センター(旧国際二部):
  公開情報の収集と大規模災害時の情報収集

  情報班:大規模災害・事件発生時の
        各省庁からの情報収集、
        政府幹部への緊急招集
  庶務班:国内外の公開情報資料の収集と整理
  システム整備班:情報連絡網管理
           情報通信機器の管理.
  ニュース班:各通信社のニュース受信・整理・配布

◇内閣衛星情報センター:情報収集衛星による情報収集。

  業務運用管理センター
  衛星管制室
  画像処理室
  画像解析判読室
  撮画要求管理室
  データ配信管理室


次に、内調の情報収集方法について。

「日本版CIA」などと
たまに呼ばれることもある内調だが、
別に自前の諜報員やスパイを抱えてるわけではない。

主な情報収集経路は以下。

1,公開情報の収集

2,各官庁からの情報収集

3,民間企業・民間団体からの情報収集

4,他国情報機関との情報交換

5,情報収集衛星からの情報

6,委託外郭団体からの情報収集

7,防衛庁情報本部電波部からの情報


この中の「委託外郭団体」とは、
複数の民間団体で

 世界政経調査会、国民出版協会、民主主義研究会、
 JONC、内外情勢研究会、国際情勢研究会、
 東アジア情勢調査会

内調は各団体に一億円以上を払って
情報収集を委託している。
これらの団体は
内調関係者や警察官僚の天下り先としても知られている。

その他に
共同通信、時事通信、ラヂオプレスなどの通信社に
情報の収集を委託することもある。

「防衛庁情報本部電波部からの情報」とは
最も内調の中で秘匿されている情報であり、
自衛隊が日本各地に設置している、
巨大通信アンテナから得た電波情報のこと。

現在の防衛庁情報本部電波部は
かつて陸上自衛隊調査部第二課別室(調別)
と呼ばれていた。
その前が調査第二課二部別室(二別)。

ここからがややこしいのだが、
調別の長は内調の室長が兼ねており、
実は予算も内調の予算から出ていた。
この妙な関係が何故生じたのかは分からないが、
現在は、長も予算も防衛庁から出ている。

その昔からの関係もあって、
防衛庁電波部の情報は
内調情報官と内調国際部主幹のもとに
届けられることになっている。


以上、ざっと内調の概要を書いてきた。
読者の皆さんはどう思ったでしょうか?
意外にいろいろやってることに驚いたかもしれません。

私は、日本に内閣直属の
高レベルな情報機関が必要という観点から、
内調に関しては以下の2つの事を望んでます。

1,内調の組織拡大・再編

2,内調が各省庁の情報をもっと集約すること。

これはいずれ、
私の情報機関設立案として詳しく書くつもりでいますが、
2の「各省庁情報の集約」について
ここで簡単に書いておきます。

日本の行政組織は

 官邸に情報無く、各省庁に情報有り

と、しばしば揶揄される。

もともと内調の組織目的は
自前の情報収集以外に
この各官庁に散らばっている情報を集約することにある。
しかし、これはあまり機能していない。

各省庁としては
総理や総理秘書官に直接情報を耳打ちした方が
自分達の手柄になるわけで、
内調ごときに情報を届けることは無駄だと考えている。

しかし、国家全体の観点から考えるならば、
この省庁からの情報集約は必須でしょう。
そのためには今の内調と省庁の関係を
改めることが必要だと思う。

今の内調は各省庁からの出向者の寄せ集め。
これは各人が出身省庁から情報を集めてこいという、
含みがあることも確か。

しかし、私は逆を考えればいいと思う。
内調の職員を各省庁の中枢部門に出向させる。
で、法令で
「各省庁は内閣情報調査室に情報を集約しなければならない」
と規定し、
さらに内調を「庁」に格上げする。

このぐらいをやらないと
各省庁は自分のところの情報を
決して内調に流そうとしないでしょう。


さてさて、次回は
「防衛庁情報本部」について書きます。
ここも公開情報が少なくて
資料集めに苦労しそうですけど(笑)



内閣官房:内閣情報調査室

内閣情報調査室 - Wikipedia

情報、官邸に達せず:麻生 幾 (著)

公安アンダーワールド:宝島社文庫


娘通信♪関連過去記事
国家と情報機関 その1・・敵を知り、己れを知れば
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by misaki80sw | 2005-05-17 00:17 | 日本(政治経済)
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防衛庁情報本部の元本部長の太田文雄氏が
「情報と国家戦略」という本を書いた。
なかなか秀逸な本で、
内容豊富な割に平易な言葉で書かれていて読みやすい。

情報収集や分析方法から、
情報と国家戦略、戦略的思考、
さらに孫子の兵法に至るまで書かれている。

具体的なエピソードも興味深い。
アフガン戦争やイラク戦争、
中国の東シナ海海底ガス田開発、
さらに北朝鮮工作船撃沈事件に絡む秘話など。

この本の冒頭に印象的な喩えが載っている。

 卑近な例として、
 皆さんが買い物に出かけたとしましょう。
 目的の店に入ったところが、
 そのお店が休みだったということがよくあります。
 事前に電話して、閉店日の情報を入手しておけば
 時間と足代を無駄にすることもなかったのに、
 と思うでしょう。

 これが戦争に関連した軍事情報になると、
 時間と費用どころか、確度の高い一片の情報が
 数個師団の戦力を生み出すということがあります。

氏はこの後、
「確度の高い一片の情報が
数個師団の戦力を生み出す」実例として
ゾルゲ事件について筆を進める。

ゾルゲ事件とは、ソ連生まれのドイツ人で、
ソ連のスパイであったリヒャルト・ゾルゲが
戦前の日本を舞台に行った日本最大のスパイ事件のこと。

1941年、ドイツがソ連に侵攻し、
ソ連は緒戦で大敗、首都モスクワまで
数百キロまで迫られるという状況に陥った。

ソ連の関心事は、ドイツの同盟国である日本が
これに呼応してソ連極東地方に侵攻するか否かということ。
もし日本がソ連と戦端を開くなら
ソ連も極東に一定の軍事力を貼り付けておかねばならない。

ゾルゲは近衛文麿のブレーンであった尾崎秀実から
1941年9月6日に行われた御前会議で
日本軍は、南方及び米国への進攻を軸とする、
「帝国国策遂行要領」を決定したという情報を入手、
これをソ連に通報した。

この情報を得たスターリンは
極東から数個の精鋭師団を引き抜いて欧州戦線に投入し、
ドイツ軍を押し返すことが出来た。

一片の情報が国家の運命を左右する。
あの時、ゾルゲが日本の南進情報を入手しなかったら、
あるいはゾルゲというスパイ自体が存在しなかったら、
歴史は大きく変わったでしょう。
ソ連は、たった1人のスパイがもたらした情報に救われた。

これぞ、重要情報の入手が国家の運営にとって
死活問題であるということの実例。
皮肉なことに日本はまんまとやられた側ですが・・。

そして、この種の国益に絡む重要情報を
全世界からかき集めるのが情報機関の役目。
多くの国では情報機関に数千から数万もの人員を配置し、
日々、情報と格闘している。

さて、有名どころの情報機関の名をあげてみましょうか。

 米国のCIAにFBI、旧ソ連のKGB。

ここらへんは超有名ですな。
映画にもさんざん出てくる。

 イスラエルのモサド、イギリスのSIS(MI6)

ここらへんになるとツウの領域ですか。
スパイ小説ファンならご存知でしょうね。

さて、ここに何故か、
日本の情報機関の名が出てこない。
はて、どうしてでしょうか?

実は日本には政府直属の巨大な情報機関は存在しない。
そういうものは日本には存在しないのです。
あっても小粒か、軍事情報専門か、
公安警察のような治安機関か、
公安調査庁のような意味不明の混迷機関か。

これが現代日本の弱点!
「スパイ防止法」も無ければ、
まともな情報機関も無い。
これであなた、国家と言えるのかいな。

とまあ、ここら辺を枕詞に
今日は「入門編」みたいな感じで
4つの柱を立てて、情報機関のイロハについて書きます。

◇情報機関とは何か?

◇情報収集の方法

◇情報収集と分析・評価

◇日本の情報機関


<情報機関とは何か?>

情報機関とは何か?
そもそもどういう仕事をしているのか?

まず、情報の収集が仕事の初歩。
その守備範囲は広い。
国益に絡むことなら何でもかき集める。
公開されている情報から、あっと驚く極秘情報まで。
文字情報から電波情報に至るまで。
国益に必要とあらば何でも取り揃えいたします。

さらに、情報を収集するだけが能ではありません。
世界中から仕入れた情報を分析・評価して
情報の加工までも行います。

 データ
   ↓
 インフォメーション
   ↓
 インテリジェンス

ごっそりとかき集められた膨大な粗雑データがが
情報機関の中を通ると、
あら不思議、キラキラ輝く重要情報に加工されてしまう。
この「情報の分析・評価」も情報機関の役割。

それだけではありません。
他国の情報機関とのいざこざも、
チャンチャンバラバラの駆け引きも
情報機関の立派な任務でございやす。

さて、これはちょいと外聞を憚ることですが、
薄汚い裏世界の仕事も引き受けます。
偽情報の流布、宣伝戦、心理戦、
脅迫に要人暗殺、さらには国家転覆までもが守備範囲。

とまあ、これぞ情報機関のお仕事。
なんか口調が寅さんみたいになっちゃったけど(笑)、
要するに仕事内容は以下の3種類ですな。

1,情報収集、分析・評価

  情報収集を行い、その情報を分析・評価する。

2,対諜報活動

  他国の情報機関の
  情報収集活動と情報工作の封じ込め。
  テロ組織・過激派組織の監視。

3,情報工作・謀略

  欺瞞情報の流布、非合法な謀略活動

米国でいうと、CIAは1と3が専門。
たまに2にも関わる。
FBIは2が専門。
謎に包まれた巨大機関NSA(国家安全保障局)は
1が専門の機関。

とまあ、これが情報機関の仕事でございやす。


<情報収集の方法>

情報機関の情報収集の方法に関しては
以下の4つに大別される。

◇公開情報:OSINT(Open-Source Intelligence)

 意外な話しだけど、
 全世界の情報機関が最も重視する情報がこれ。
 即ち、公開情報。

 しばしば情報機関の活動というと
 スパイもどきの活動を想像しがちだが、
 現代の情報機関の情報収集は、
 90%はこの公開情報から行っている。

 CIAなどは、あの冷戦期においても
 共産圏からの重要情報の80%以上を
 この公開情報から得ていたという。

 「本物のインテリジェンスの英雄は
 シャーロック・ホームズであって、
 ジェームス・ボンドではない。」

 これは前掲の「情報と国家戦略」に載っていた言葉。
 公開情報を丹念に収集していき、
 ノウハウを蓄積していると、
 他者が気づかないような視点から、
 あっと驚く重要情報をつかむことが出来る。

 たとえば、中国の公的機関が発表する情報は
 意図的に粉飾してあったり、
 バイアスがかかってる情報が多いが
 だいたい以下のパターンがある。

 1,体制にとって困る情報は流さないか否定する。

 2,事が大規模になったら、やむなく流すが、
   意図的に過小に言いつくろうか、
   小さなプラス面を過大に言いつのる。

 これを念頭に中国の官情報を読み取ればいい。
 要はパターンと癖を覚えること。

 中国の公開情報なんて
 素直に受け入れると目が曇ってくる。


◇人的情報:HUMINT(Human Intelligence)

 これぞ情報機関の花、
 即ちスパイなどを使った情報収集。

 ついでに言うと、米国などはこれを軽視しがち。
 技術偏重・科学偏重で、
 後述するSIGINTやIMINTを重視する傾向がある。

 逆にイスラエルのモサド、
 イギリスのSIS(MI6)などはこれを重視する。


◇電波情報:SIGINT(Signals Intelligence)

 有名なのが米国のNSA(国家安全保障局)。
 
 その主な任務は外国暗号の解読、外国通信の解析。
 全世界に電波情報収集の通信アンテナを立て、
 さらに通信傍受衛星を打ち上げて、
 全世界の電波情報の傍受と解析を行う。

 このNSAが他国と共同で構築したのが「エシュロン」。
 英国・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドの
 アングロサクソン系諸国と共に
 五ヶ国で五万六千人、全世界120ヶ所で
 世界の電波情報を収集している。

 日本の三沢の米軍基地内にある、
 巨大な通信アンテナが実はこれ。


◇画像情報:IMINT(Imagery Intelligence)

 偵察衛星、航空機による画像情報の解析。

 日本だと防衛庁情報本部の画像・地理部や、
 内閣情報調査室内の「内閣衛星情報センター」が
 これに該当する。


<情報収集と分析・評価>

さて、情報機関の行う、

 情報収集
   ↓
 情報の分析・評価

この一連の流れですが、
これって小難しい話しに感じるかもしれないけど、
実は我々普通人が日常的に行っていること。

仕事や日常の中において
飛び交う情報の軽重を判別し、
その中から自分にとって重要情報をピックアップして
分析・評価を加える。

たとえば、ある物品を購入するとして、
それに関わる各メーカーや販売店からカタログ情報を収集し、
多くの同種の物の中から、
価格・性能・デザインなどを比較考慮した上で、
「これに決めた!」と物品の購入を決定する。

 1,情報の需要の発生
    ↓
 2,情報の収集
    ↓
 3,情報の分析・評価
    ↓
 4,行動方針の決定

この4つの流れの中で、
「情報機関」が行っているのが2と3なわけ。

もう一つ卑近な例を挙げるならば、
この私の「娘通信♪」にしてもそう。

多くの時事系ブログがそうであるように

  情報の収集
    ↓
  情報の分析・評価

これ流れで記事を構成している。

巷間の一次情報を仕入れてきて、
これにそのブログ独自の分析・評価を加える。

結果は、個々のブログによって様々で、
深いところもあれば、浅いところもある。
右に偏るところもあれば
左に偏るところもある。
よく当たるところもあれば
よく外れるところもある。
得意分野を持っているところもあれば、
オールマイティに全てこなすブログもある。

で、読者の方は
そういうブログの内容を見て、
自らの愛読ブログを選択する。

各国の情報機関が
情報収集と、情報の分析・評価で行っているのは、
基本的にこの時事系ブログの手法と一緒。

  情報の収集
    ↓
  情報の分析・評価

これを国家的規模で
全世界に対して行っているというわけ。


<日本の情報機関>

先にも触れたように、
現在、日本には政府直属の巨大な情報機関は存在しない。
米国のCIAのような
世界中から情報をかき集めるような情報機関は無い。

一応、官庁には
いくつかの情報機関は存在する。
以下、簡単に解説します。

◇内閣情報調査室

 1952年9月、吉田内閣時に
 内閣総理大臣官房に調査室という名称で設置され、
 1957年8月に内閣官房に移されて内閣調査室となった。
 1986年7月に内閣官房の改編に伴い、
 内閣情報調査室に名称変更。

 内外情報の収集と分析・評価を行う。
 人員は二百数十名。
 情報収集衛星のデータ解析を行う、
 「内閣衛星情報センター」を部内に持っている。

 しばしば「日本版CIA」のような言われ方をするが、
 それは過大評価のし過ぎ。
 CIAから抗議されかねない(笑)。
 たった二百数十名のマンパワーでは
 やれることなど限られている。
 むしろ、世間で一人歩きしている虚像の方が大きい。

 もっとも、秘密裏に
 民間の団体や企業に複数の外郭団体を作り、
 そこに情報収集を委託している可能性もあるけどね。


◇防衛庁情報本部

 防衛庁の統合幕僚会議の下に設置されている。
 人員は2千人。
 3自衛隊ごとに設置されていた情報部門を集約。
 主に日本周辺地域の軍事情報を収集し、
 分析・評価を加える。
 2006年3月から防衛庁長官直属となる予定。

 総務部、計画部、分析部、緊急・動態部、
 画像・地理部、電波部から構成されている。

 ここは軍事組織の中の情報機関であり、
 いわゆる「CIA的な」政府直属機関ではない。
 情報もやはり軍事情報がメインであり、
 日本の国益に関わる情報を根こそぎ収集ってわけじゃない。
 米国で言えば国防省のDIAがこれに相当する。


◇公安警察

 正式には警察庁警備局と
 その傘下にある各都道府県警察の警備部。
 これが「公安警察」と呼ばれている。

 治安に関する情報の収集と犯罪捜査及び逮捕を行う。
 人員はハッキリとは公表されておらず、
 推計で5~6万人と言われている。
 予算も全く公表されていない。

 担当範囲は、共産党・左翼団体・右翼団体・
 アレフ(旧オウム真理教)・朝鮮総連、
 さらに北朝鮮などの旧共産圏諸国がメイン。

 米国でいうとFBIのカウンターパートがここになる。
 実態は謎に包まれてるけど、
 最近、あれこれと暴露本が出てきて、
 謎の一端が世間の耳目に触れるようになってきた。

 純然たる情報収集機関とは言い難く、
 警察の中の一機構であり、治安機関である。
 上述の「情報機関の仕事3分類」で言うと、
 2の「対諜報活動」機関に該当する。


◇公安調査庁

 法務省の外局。
 「破防法」「団体規制法」の規定に基づき、
 暴力主義的破壊活動を行った団体と
 無差別大量殺人行為を行った団体の調査を行う。
 
 人員は千五百名。
 情報収集分野は「国内外を問わず、テロリズムや
 日本に対する治安上の脅威となる事柄に対して
 情報収集を行う」となっているが、
 対象範囲は無茶苦茶広く、
 北朝鮮・中国・ロシアから、
 オウム真理教・右翼・左翼・労働組合、
 反戦・反基地運動、反核運動(原水禁、原水協など)、
 原発反対運動、新興宗教、消費税反対運動、
 市民オンブズマンなど行政監視グループ、
 部落解放・女性解放など人権擁護運動、
 生活協同組合や産直運動、環境保護団体、
 言論団体(日本ペンクラブ等)など、
 おいおい、ここまで調べるのかよ!というぐらい、
 広く浅く収集している。

 いずれ一つの記事として書きますが、
 この組織は永らく「リストラ官庁」と揶揄されてきて、
 組織自体が組織目的を探しあぐねてるようなところがある。
 そのために組織存続の願望を込めて、
 手当たり次第に内から外まで情報を収集している。


さてさて、情報機関の入門編をザァーっと書いてきた。
この第一回目を導入部として
次回以降は個々の情報機関の詳細な解説に入る。
まずは日本の機関から。
公安警察、防衛庁情報本部等々。
それが終われば外国の情報機関へ。
CIA、KGB(現FSB)、モサド、SIS等々等。

まあ、あれこれ解説しますが、
根底に流れてるテーマは一つ。

即ち、

 情報機関無き、日本の現状を憂う!

これが主題。

日本にとって
これだけ内外の情勢が激動している時に
この資源無き加工貿易立国が
ここまで情報を軽視するのは
国家の命運を左右しかねない。

ろくに国家戦略を持たず、軍事力過小で、
しかも情報軽視の三拍子とくれば、
これは国家的規模の怠慢といっていい。

日本はこの情報収集機能と、
対諜報活動にもっと力を入れるべき。
対諜報活動は「スパイ防止法」とセットでね。
外にあっては情報を収集せず、
内にあってはスパイ天国じゃ話しにならないよ。

古人曰く、

 敵を知り、己れを知れば、百戦あやうからず。
 敵を知らずして、己れを知れば、一勝一負す。
 敵を知らず、己れを知らざれば、戦うごとに必ずあやうし

孫子謀攻篇の有名な言葉。
情報収集のエッセンスそのもの。

何故、情報が必要なのか?
情報を軽視してはいけないのか?
答えは「敵を知り、己れを知れば、百戦あやうからず。」
これに尽きると思う。



「情報」と国家戦略:太田 文雄 (著)

情報と国家―収集・分析・評価の落とし穴:
 江畑 謙介 (著)


情報機関 - Wikipedia

GENDAI NET:日本の「軍事情報」収集能力


追記:この記事は5月7日の深夜に上梓されましたが、
   あまりに文章構成がいまいちだったので、
   5月9日に大幅改訂させていただきました。
   雑な文章をお目にかけて申し訳ありませんでした m(__)m
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by misaki80sw | 2005-05-07 23:47 | 日本(政治経済)
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米国製無人機の導入検討 PSI訓練にも自衛隊派遣

 大野功統防衛庁長官は1日午後(日本時間同)、
 フィリピンに到着、マニラ市内で同行記者団と懇談し、
 沿岸防衛や災害時の情報収集のため
 米国製無人機の導入を検討する考えを示した。

 防衛庁は既に、国産無人機開発を検討しているが、
 大野氏は「2006年度予算概算要求で調査費を計上し、
 他国からの購入と国産のコスト面を比較したい」と指摘。
 「外国には飛ばさない。攻撃的武器の付与も考えていない」
 と強調した。

   (産経新聞)


防衛庁は2004年度予算から
この「無人偵察機」に
2億6000万円の研究費を計上している。

大野長官は無人偵察機の導入を考え、
国産か輸入か比較検討するとのこと。

これもRMA化の一環なんでしょうが、
まあ、それはいいとして、

 「外国には飛ばさない。
 攻撃的武器の付与も考えていない」

何なんですか、これは?
こういう自縄自縛発想って大嫌いだね。

沿岸防衛や災害時の情報収集のために
無人偵察機を導入するとのことだが、
このおじさんは無人偵察機が
どれだけ落ちやすいか知ってるのかね?

米軍には主な無人偵察機が2種類あって
上の写真が「グローバルホーク」で
高度2万メートルを時速約600キロで
35時間飛び続けることができる。

で、こっちがプレデター。

a0018138_023475.jpg


最大飛行高度は約9,000メートルで、
通常は3,000~6,000メートルの低空を飛行、
目的地上空で40時間の滞空が可能。
こいつはプロペラ製の鈍足。

両機ともやはり無人機だけあって、
コントロールが難しく、
ことに天候の影響を受けやすいらしい。

アフガニスタンへの侵攻作戦では
プレデターが60機投入されたが
そのうち20機が落っこちてしまった。
グローバル・ホークも
作戦投入早々に基地への着陸に失敗し
墜落してしまった。

だから、これを日本のような
人口密集地帯で使うのはかえって難しい。
沿岸防衛とかはまだいいけど、
本来の使い方としては
北朝鮮の核施設とかミサイル基地の監視とか、
そういうのが、はまり役だと思うよ。

それと、この手の無人機化は世界の趨勢で
偵察機だけではなく
攻撃機としての開発も始まっている。
すでにプレデターは
一部が攻撃タイプに改造されてるしね。

世界各国も無人機を続々と作り始めている。
たとえば台湾なんかも
中翔3号っていう無人偵察機を作って、
対岸の中国軍のミサイル陣地を偵察しているらしい。

日本も長い目で考えたならば
ケチって輸入とか言わずに
ぜひとも国産を考えてほしいものです。



無人偵察機グローバルホーク

戦場の偵察に最適な超小型無人偵察機が登場

無人偵察機を殺人マシンに変える米国防総省の計画


娘通信♪関連過去記事
防衛費大幅削減!? Part,4・・軍政のデザイン(中編)
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by misaki80sw | 2005-05-03 00:25 | 日本(政治経済)

上海のマンション価格、1週間で17%下落

 不動産投資の過熱が続き、
 バブル崩壊の懸念も出ている上海の不動産市場が
 冷え込みを見せ始めた。
 先週、マンションの価格は17・7%下落し、
 関係者は不動産価格が上昇基調から
 低下に転じる可能性もあるとみている。

 新華社電によると、
 24日に発表された不動産価格動向では、
 17-23日に取引された不動産の総面積は
 33万8000平方メートルで、
 前の週の10-16日に比べ約6万平方メートル減少した。

 平均販売価格は
 1平方メートルあたり7656元(約9万9528円)で、
 前の週より14・7%低下。
 不動産取引の平均成約価格は
 同7238元(約9万4094円)で、
 前の週より17・7%と大幅に下落した。

 不動産取引成約価格の下落に歯止めがかからず、
 19、20日と連続して前日の相場を割り込み、
 21日には1平方メートルあたりの成約価格が
 6217元(約8万円)と、
 年初来最低の水準まで落ち込んだ。

 上海市内の不動産価格の基準だった、
 1平方メートルあたり
 7000元(約9万1000円)を割り込み、
 不動産業界は大きな衝撃を受けている。

   (FujiSankei Business i)


この動きが中国経済の
バブル崩壊の予兆か否かは分からないけど、
私はその時期は近いと見ています。

これに拍車をかけているのが
米国からの「人民元切り上げ」の圧力と
反日暴動をきっかけとした対中投資の冷え込みです。
これは数日前に書きました。

中国、人民元問題・・チャイナ・バッシングは止まらず

経済の循環から言っても
あれだけ過熱した経済の反動として、
これから一気に景気後退の局面が訪れることは
私はほぼ間違いないと見ています。

その際にかの国の高騰した不動産バブルや
国営企業と国営銀行の不良債権が
甚大なダメージとして中国経済を襲うでしょう。

経済への懸念と言えば、
米国経済も危ういです。

巨額の経常赤字と財政赤字、
これが制御不能となりつつあります。

今、米国経済がかろうじて保っているのは

1,ドルが基軸通貨であること

2,日本が米国債を買い支えていること

この2点に過ぎません。

この不安定な構造は早晩崩れると私は見ています。

中国経済と米国経済、
この両者の下落と崩壊。

米国の場合は経済が崩壊すれば
二度と世界の覇権大国の座には戻れないでしょう。

現代の国力の源泉は
産業製品の輸出力であり、
競争力が低下し、膨大な経常赤字を抱える米国には
敗者復活戦のチャンスは無いでしょう。

ここらへん同じ経済の崩壊でも
戦前の大恐慌の時とは
根底にある構造が異なります

一方の中国は
その経済が崩壊したとして
数年から十数年の時を経て立ち直ると思います。
何故なら産業競争力の復活の余地があるからです。
安い人件費による大量生産があるかぎり、
地域的大国としての立ち直りは可能でしょう。

この「米国経済の崩壊」「中国経済の崩壊」に関しては、
後日詳しく論証しようと思います。

今日はこの2つを前提としたうえで
日本の国家戦略と国益を
雑談風に書いていこうと思います。


まず本論に入る前に
2つのニュースを枕詞として掲載しておきます。

PKO参加5原則の見直し提唱…民主・岡田代表提言案

 民主党の岡田代表が
 次期衆院選に向けてまとめた外交・安全保障政策提言案、
 「『開かれた国益』をめざして」の全容が
 29日、明らかになった。

 「東アジア共同体」構想の推進を打ち出したほか、
 国連平和維持活動(PKO)に
 自衛隊が積極的に参加するため、
 任務遂行目的の武器使用を容認するなど
 PKO参加5原則の見直しを提唱している。
 民主党が政権を取った場合の基本方針を示したもので、
 党内外で論議を呼びそうだ。

 提言案は、日本の外交が「場当たり的」で、
 中国、韓国、北朝鮮に対する外交が行き詰まっていると指摘。
 「日本の国益を国際協調的に実現していく、
 『開かれた国益』」を目標に掲げ、
 構想力を持って外交に取り組む必要性があるとした。

 アジア外交では、
 近隣の中国、韓国との信頼醸成を緊急の課題と位置づけた。
 過去の植民地支配などを「謙虚かつ率直に反省したうえで、
 未来志向の関係を構築する」ことを
 民主党政権の共通認識とするとした。
 具体的には戦没者などの追悼のための
 国立施設建立を盛り込んだ。

   (読売新聞)


JR東海会長、読売新聞で「中国脅威論」を展開

 葛西敬之・JR東海会長が、
 27日付の読売新聞紙上で、いわゆる中国脅威論を展開した。
 タイトルは「日米分断 中国の狙い」。
 北京と上海を結ぶ高速鉄道に関しては、
 日本の新幹線とフランスのTGVの
 いずれかの方式が導入される可能性が高いとされる。
 そういった状況で、JRの関係者が、
 これだけはっきりと「中国の動きに警戒するべきだ」と
 自説を展開したことが注目される。

 葛西・会長は、「中国の狙いが
 アメリカを排除した共同体構想に日本を引きずり込み、
 良好な日米関係に楔を打ち込むことにあることは、
 想像に難くない」などと主張。
 また、EUに参加する各国の政治体制、
 GDP(国内総生産)などと比較して、
 東アジア共同体は「幻想に過ぎない」などとした。

 さらに、「共産党の一党独裁体制は
 民主主義、自由主義、人権尊重の理念とは対極」と、
 中国の国内政治に関しても論評した。

 なお、葛西・JR東海会長は、
 これまでにも新幹線技術の中国大陸への導入に関して
 消極的な発言をしている。
 「台湾の場合にも、技術協力によって、
 JR東海として儲けを期待しているわけではない。
 しかし、メーカーが潤って体力が強化され、
 間接的に日本の新幹線の安全維持に役立つ」
 「中国大陸の場合には、そのことも期待できない」
 というのが、その主張の骨子。

   (サーチナ・中国情報局)


まず、民主党の岡田氏ですが、
私はこの人の話題は最近あまり取り上げていません。

ブログの暇つぶしネタやお笑いネタには絶好のカモだけど、
まじめに国益やら国家戦略やらを論じる場合、
この人の主張ってほとんど無価値だからです。

  提言案は、日本の外交が「場当たり的」で、
  中国、韓国、北朝鮮に対する外交が
  行き詰まっていると指摘。

「場当たり的」の部分のみは同意ですね。
確かに小泉外交は場当たり的で
イラクへの自衛隊派遣や日米2プラス2で
親米反中路線に走ったかと思ったら、
反日暴動の後にバンドン会議で謝罪して
日中首脳会談では暴動への謝罪や補償を求めようとしない。
さらに首相自身が「東アジア共同体」論の熱心な擁護者であり、
ここらへん、ほとんど分裂病としか思えません。
あんた、どっちに行きたいの?と言いたくなります。

民主党の岡田氏も
「東アジア共同体」構想を支持するとのこと。
で、JR東海の葛西敬之会長は
これを真っ向から斬撃している。
「幻想に過ぎない」と。

この「東アジア共同体」構想に関しては
過去記事でも書きました。

「東アジア共同体」への道・・進むべきか否か?

日本と中国を中心とした、
韓国・ASEANを含めた国家連合構想で
ゆくゆくは通貨の統合まで行ってしまおうという、
プランを掲げています。

さて、今後の日本の外交政策を考える場合に
2つの大きな潮流があります。

1,大アジア主義

2,小アジア主義

大アジア主義とは
「東アジア共同体構想」のような
日本と中国の枢軸を中心とした
アジア諸国による連合構想です。

小アジア主義とは
中国を排除し、日本をリーダーとして
ASEAN、オーストラリア、ニュージーランド、
出来れば台湾も含めた同盟構想です。

どっちを日本は選択すべきなのか?

この場合、米国は経済の崩壊から
国力を衰退させており、
超大国から大国へと滑り落ち、
東アジア情勢には関与できないという前提です。

私は「小アジア主義」が
今後の日本の進むべき道筋だと思います。
中国という国は日本とはあまりにも
政治的価値観が違います。

日本は領土的野心を持たず、
通商と交易による互恵、
そして自由と民主主義を国家の基本方針としています

しかし、中国は全く逆です。
覇権指向と中華主義、
一党独裁による反自由主義国家。

特に覇権指向と中華主義は歴史に根ざしたもので、
かの国の共産党政権が倒れ、
自由と民主主義による政体が生じたとしても、
国外膨張指向は変わらないと思います。

よって共に志を共有できる相手ではなく、
日本と中国の枢軸とは
片方が相手を従属させる状態でしか
あり得ないと思います。

また、地政学的に言っても、
中国のような大陸国家と組めば
日本はユーラシア大陸内部の利害関係に
国家戦略が引きずられるだろうと思います。

日本のような海洋国家は
似たような性質の国と組み、
通商を主体とした相互互恵の連合を組めばいい。
これは大陸進出を国策とし、
結果破綻に至った戦前の手痛い教訓です。


さて、ここで思考の刺激材料として
19世紀のドイツの例を挙げておきます。

19世紀後半、小邦に分裂していたドイツに
統一の機運が生まれます。
小国分立で十分な経済圏が無く、
重工業の健全な発展は不可能であり、
このままでは弱小な農業国から
抜け出せないというジレンマから
ドイツ民族の統一を求める民族主義が各地で高まりました。

その際に方針が2つに分かれました。
当時、ドイツの邦国内で主要な国と言えば
プロイセンとオーストリアでした。
この両国を中心としたドイツ統一を大ドイツ主義、
プロイセンを中心として
オーストリアを排除した統一を小ドイツ主義と言いました。

結局、ドイツの統一は
プロイセンを中心とした小ドイツ主義で完遂しました。
その立役者になったのが
かの鉄血宰相ビスマルクです。

ビスマルクは当初から
明確に小ドイツ主義を指向していました。
「リーダーは2人もいらない」という信念です。
一見、大ドイツ主義は華麗ですが、
水と油のようなプロイセンとオーストリアでは
ドイツ統一など不可能だと見ていました。

1866年、ビスマルクは
天才的戦略家モルトケとのコンビで、
普墺戦争によってオーストラリアを破りました。

普墺戦争 - Wikipedia

この時、ビスマルクはモルトケを制止して、
プロイセン軍のウィーン入城を行わず
オーストリアに恩を売ると共に、
プラハ条約を結び、オーストリアをドイツ統一から排除します。
さらにプロイセンは
他のドイツ諸邦と共に北ドイツ関税同盟を結んで、
ドイツの盟主となりました。

そして1870年、
ドイツ統一を行う際に
最大の反対国になるであろうフランスに対して
ビスマルクは普仏戦争を仕掛け、これを散々に破ります。

普仏戦争 - Wikipedia

パリ入城後の1871年1月18日。
ヴェルサイユ宮殿の鏡の間にて
プロイセン王ヴィルヘルム1世は
ドイツ皇帝に即位しました。
こうしてドイツ統一は成りました。


このドイツ統一のパターンは
あくまでも歴史上の事象に過ぎません。
別に日本がアジアを統一するわけではありません。

しかし、連合体のあり方、
すなわち指導的国家が一つの方がいいのか、
複数あった方がいいのか、
また、連合体の成立過程などが
とても参考になると思います。

日中以外の他のアジア諸国にとって
日本と中国という2大国家はアジアの竜虎です。
これが互いに連携するならば
彼らに選択の余地はありません。
この2大国家連合に付いていくだけです。

しかし、竜虎が互いに対立した場合、
どちらに付くべきか、
彼らは選択肢に迷うでしょう。

現在の情勢を見ていると、
日本という「虎」は
他の諸国に対して一定の信用は得てますが、
これは「ひ弱な善人」として信用です。
決して「頼りになる強者」としての信用ではありません。

虎がかくも弱く、
一方の竜が悪達者に覇権を拡張している現状で、
他の諸国が一方的に竜になびかないのは
竜の持つ「他国を踏みにじる」イメージと
米国という別な巨大な要素があるからです。

しかし、米国が衰退し、
東アジアから勢力を撤退させた場合に、
このままいけばアジア諸国は
中国に雪崩をうってなびくでしょう。

さて、先にも触れたように
今後、中国経済が崩壊するとしても
数年から十数年で傷は癒えると思います。

私はこの間がチャンスと見ています。
この間に日本を中心とした諸国連合を
カッチリと形成してしまうことです。

その際に、台湾の問題も片づける必要があります。
台湾という親日国家、
そしてあのシーレーンの途上に位置するという、
地理的環境を考慮するならば、
かの国を明確に独立させ、
同盟の一翼として迎え入れるべきです。

台湾は、現実にはすでに独立国家ですが
2つの致命的な条件が欠けています。

1,世界の国々からの信任

2,中国からの信任

この2つが欠けています。

欠けている理由は、
中国が反対していること、
そして中国が大国であること、
この2つです。

であるならば、
中国が一時的にせよ弱体化する時こそが
台湾独立の好機です。
日本は弱体化した中国に圧力をかけ、
中国から譲歩を引き出すべきでしょう。


さて、あれこれ書いてきました。
米国と中国の経済崩壊を前提とした話しで、
それが成らなきゃ何の意味もないのですが、
おそらく数年、下手をするとここ一年ぐらいで
この2つの予測は成就すると見ています。

まあ、それが外れたとしても
戦略遊戯の座興話し程度には
なったのではないでしょうか (^^;)



オットー・フォン・ビスマルク - Wikipedia


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by misaki80sw | 2005-05-01 00:46 | 日本(政治経済)
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日本など4カ国、アジア海賊対策地域協力協定に署名

 日本、シンガポール、ラオス、カンボジアの4カ国は28日、
 シンガポールで「アジア海賊対策地域協力協定」に署名した。
 同国に設立する情報共有センターを通じ
 海賊逮捕などで協力する。
 日本にも重要な海上輸送ルートである、
 マラッカ海峡などで海賊事件が増加しており、
 多国間協力で対策を強化する。

 署名式には日本から逢沢一郎外務副大臣が出席した。
 協定の参加予定国は
 日中韓、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国、
 インド、バングラデシュ、スリランカの16カ国。
 10カ国が協定を締結した後、90日で発効する。

 情報共有センターを通じて
 海賊容疑者の発見や逮捕、容疑船舶の拿捕(だほ)、
 被害者の発見、救出で連携するほか、
 締約国間で犯罪人の引き渡しや
 海上警備の能力開発でも協力する。

 同協定は2001年の日中韓とASEANの首脳会議で
 小泉純一郎首相が提案し、04年11月に採択された。

   (日経新聞)


先日の「韋駄天」号の海賊事件は
記憶に新しいところ。

マラッカ海峡は、
マレー半島とインドネシア・スマトラ島の間にある海域で、
インド洋と南シナ海を結ぶ重要な航路。
長さ約900km、幅70~250km、平均の深さ25m。
日本の海運会社全体で年間1万4000隻が航行し、
日本へ中東原油を運ぶタンカーの8割が通過する、
シーレーンの要衝である

海上保安庁の調べによると、
マラッカ海峡で起きた海賊事件は、
96年から98年までは一ケタ台だったが、
99年には16件と初めて二ケタ台になり、
2000年には80件を記録した。
その後は20件台で推移し、04年は45件を数えた。

海賊が増えた背景には、
97年のアジア通貨危機によって
困窮した沿岸漁民の存在があると言われている。

1998年9月、
パナマ船籍で日本船主の貨物船「テンユー号」が
インドネシアのスマトラ島から韓国仁川向け出港。
その直後に海賊にハイジャックされ消息不明になった。

そして2カ月半後、「テンユー号」は
中国南東部の浙江省張家港で発見された。
船名は「サンエイ1」に変更されており、
乗組員はそっくり入れ替わっていた。
当時の乗組員及び積荷は未だに行方不明のままとなっている。
なお、発見当時の乗組員に海賊容疑がかけられたが、
証拠不十分により釈放された。

「テンユー号」が積載していたのは
アルミインゴット約3,000トンであり
これは時価4億7千万円に相当した。

1999年10月、
同じくパナマ船籍で日本船主の貨物船、
「アロンドラ・レインボー号」が
全く同じくインドネシアのスマトラ島を出港し、
日本向け航行中のところ、
拳銃、ナイフで武装した海賊にハイジャックされた。
襲撃後、海賊の司令船が同号に接舷し、
海賊船から新たに15名の要員が同号に乗り移った。

一方、乗組員は同号から海賊船に移され、
狭い船倉に6日間監禁された後、
10月29日、ゴム製の救命筏に移され開放された。
乗組員はその後、11日間海上を漂流した後、
タイのプーケット島沖で漁船に発見され、
全員無事保護された。

11月16日、「アロンドラ・レインボー号」は
インド南西沖の公海上を西に向かって航行中、
インド沿岸警備隊及びインド海軍による、
停船命令、威嚇射撃等の後に拿捕され、
インドネシア人海賊15名全員が逮捕された。
拿捕当時、同号の船名は
「MEGA RAMA」に変更されていた。

この2件の事件は日本政府に衝撃を与えた。
ここから政府による本格的な海賊対策が始まる。

◇1999年11月
 小渕総理がASEAN拡大首脳会議で
 国際会議の必要性を提唱   

◇2000年4月
 東京にて海峡周辺諸国による海賊対策国際会議を開催。
 「アジア海賊対策チャレンジ2000」を採択。
 これに基づき、
 01年11月にマレーシア、
 02年3月にインドネシア、
 03年3月にフィリピン、
 04年2月にタイで
 それぞれ「海賊対策専門家会合」を開催。

◇2000年11月
 森総理がASEAN拡大首脳会議で
 アジアの協力会議の開催を提案   

◇2001年10月
 東京にて海賊対策アジア協力会議を開催

◇2001年11月
 小泉総理がASEAN拡大首脳会議で
 「アジア海賊対策地域協力協定」を提案   

◇2002年3月
 協定交渉予備協議を行い、早期の交渉開始を提案

 同月、
 海上保安庁の支援により、
 インドネシアにおいてアジアの14カ国による、
 海賊対策専門家会合が開催。
 周辺海域沿岸国への巡視船の派遣。
 海上保安大学校への留学生の受け入れを始めた。

◇2002年7月
 東京にて協定交渉開始
 ASEAN10カ国、中国、韓国、インド、
 バングラデシュ、スリランカとともに交渉開始。

◇2004年11月
 東京にて協定交渉の最終会合。
 情報共有センター設置国がシンガポールに決定され、
 協定が採択された。


で、今回の
日本・シンガポール・ラオス・カンボジア4カ国による、
「アジア海賊対策地域協力協定」の署名となったわけ。

上記ニュース中にもあるように
この協定にはいずれ、
中国・韓国・東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国、
インド、バングラデシュ、スリランカの
合計16カ国が勢揃いする予定。

まあ、一連の矢継ぎ早の流れを見れば分かるとおり、
日本政府は海賊対策を重要視している。
対してASEAN側は
マラッカ海峡がマレーシア・インドネシア、
シンガポールの3国の領海が入り組み、
国家同士の利害が錯綜しているため
協定交渉が遅々として進まなかった。
このため業を煮やした日本が
「早いとこやってくれ」と促した経緯がある。

実は、この協定には
後で米国も参加する予定。
米国はテロ対策絡みで
マラッカ海峡の海賊には神経を尖らせており、
特にインドネシアの反政府武力ゲリラが
アルカイダと結びついて、
海峡でテロを行う可能性があると想定している。

米国は当初、自分がリーダーシップを取って
自分が仕切った構想のもとで
海峡の航行安全機構のようなものを
創設しようとしていた。

2004年6月、米ラムズフェルド国防長官が
シンガポールでのアジア安全保障会議において、
米軍を配置することで
海峡周辺の海賊対策を強化するよう提案したが、
域内での米軍基地新設などの情報が流れ、
「実はイスラム原理主義組織の掃討が目的であり、
マラッカ海峡での米国の影響力を強める動きにつながる」として
マレーシアとインドネシアなどが猛反対し、
結局、米国主導構想はこれでポシャってしまった。

ただし、米国も
この協定参加には実利があるということで
後発組として参加することになったわけ。


ざっとこういう流れなんですが、
私としても大いにやってくれと言いたいね。
特にシンガポールに設置される、
対海賊の情報共有センターには期待しています。

ただ、2つほど要望を付け加えるならば、

1,沿岸警備(コーストガード)の
  関係各国による共同学校を創設すること。

2,海保だけじゃなく、海自も巻き込むこと。

これをお願いしたいですな。

1に関して言えば、
やっぱりね、「同じ釜のメシを食った仲」
これが一番最強ですよ。

共に訓練し、共に海賊を撃退し、と。
こういう趣旨の学校を作ってほしいね。

2は、将来を見据えた構想。

あの巨大なEUが、
1952年の仏・西独・イタリア・ベネルクス3国の
欧州石炭鉄鋼共同体から始まったように、
この「アジア海賊対策地域協力協定」を嚆矢として
ASEANと日本による軍事機構に発展させてほしい。
他の国はいらない(笑)。
そのために海自にも一枚噛ませる必要がある。

欧州石炭鉄鋼共同体は
仏と西独国境のルール炭田地帯の紛争を防ぎつつ、
6カ国で実利を分け合うために作ったもの。
それがやがて巨大EUに発展してしまった。

この海賊対策協定を基にして、
シーレーン防衛に関して
ASEAN諸国との軍事協力を推し進め、
やがては共同防衛機構にまで
ドロンと大化けしていただきたいものです。



外務省:アジア海賊対策地域協力協定について

現代リスクの基礎知識:マラッカ海峡の海賊問題

海賊 - Wikipedia

国土交通省:我が国関係船舶における
 海賊被害状況調査の結果(2003年)



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by misaki80sw | 2005-04-29 22:58 | 日本(政治経済)