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by misaki80sw

国家と情報機関 その3・・防衛庁情報本部

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防衛庁情報本部。
人員は約2000名。
6個の部と通信所から構成されている。
英語名は
「DEFENSE INTELLIGENCE HEADQUARTERS」
略称は「DIH」。

設立は1997年1月。
対外情報収集とその分析を主な任務とする。
防衛庁・自衛隊内の複数の情報組織を統合し、
防衛庁設置法第28条に基づき、
統合幕僚会議の下に設置された。

本部長は、自衛隊の将官クラスが任命され、
副本部長に防衛庁内局のシビリアンがつく。
その下に4名の情報官が補佐役として配置され、

1,各国保安・国防政策情報担当

2,周辺国情報担当

3,周辺国以外の他国情報担当

4,電波情報担当

それぞれの分野を担当する。
1と4が防衛庁キャリアの文官で
2と3が自衛官から選抜される。

組織構成は以下。

◇総務部

◇計画部:情報の配付の計画、業務計画の作成。
     情報伝達。

◇分析部:収集した情報の分析・評価。
     地域別の5つの課に分かれる。

◇緊急・動態部:緊急事態時の情報収集と分析。
        24時間体制での勤務。

◇画像・地理部:衛星画像の解析

◇電波部:電波情報の収集と解析


まあ、ざっと見れば分かると思いますが
「画像・地理部」と「電波部」が情報を収集し、
「分析部」が情報を分析する。
「緊急・動態部」が24時間年中無休で突発事態に備える。
「計画部」は情報本部の全体計画の策定を行い、
「総務部」は事務・庶務担当。

情報本部自体の情報収集ルートは、
公刊情報、電波情報、画像情報の3つしかないが、
防衛庁や自衛隊内の他情報組織からも
情報本部に情報が上がってくる。

たとえば中央調査隊。
全国の各師団の傘下にある調査隊から
情報が集められ、ここで集約される。
任務は情報収集と防諜で、
1973年の金大中拉致事件の際には
ここの部員が関係してるのではないかと
騒ぎになったこともある。

あと、中央資料隊。
内外の公開情報を集めて翻訳・分析を行う
他にも幾つかの情報収集機関が存在する。

さて、防衛庁情報本部の情報収集において
メインになっているのが
電波情報(SIGINT)の電波部と
画像情報(IMINT)の画像・地理部。
以下、この2つを詳しく解説しましょう。


<電波部>

情報本部の定員は2千名。
このうちの半分の千名が電波部の所属。
どれだけ電波情報をこの組織が重視してるかが分かる。

電波部は傘下に6つの通信所を持っている。

◇東千歳通信所(北海道)

◇小舟渡通信所(新潟県)

◇大井通信所(埼玉県)

◇美保通信所(鳥取県)

◇大刀洗通信所(福岡県)

◇喜界島通信所(鹿児島県)

さらに、それぞれの通信所が分遣隊を持っている。

これらの通信所には
「ゾウの檻」と呼ばれる巨大な電波収集アンテナが設置され、
飛び交う電波情報を収集している。

ここから得た情報が電波部に集約され、
地域別に分かれた各セクションの中で
情報の解析、暗号通信の解読などを行っている。

たとえば北朝鮮は第三課の担当であり、
北朝鮮全土で発信される北朝鮮軍の部隊同士の無線交信は
わずか数秒程度で位置を特定する精度を持つ。

1994年6月の金日成死去の際には、
急死が発表されて間もなく、
防衛庁から五十嵐官房長官のもとに
「北朝鮮軍に動き無し。
全土が静まりかえっている」との情報をもたらした。

もともと電波情報の収集と解析は
旧軍以来のお家芸であり、
前大戦中は埼玉県大井町の通信所などを中枢として
米軍の艦船や航空機の動きを
かなり正確に把握していた。

防衛庁電波部の前身は
陸上自衛隊調査部第二課別室、通称「調別」。
さらに、その前は調査第二課二部別室、
通称「二別」と呼ばれていた。

その二別時代に
この電波傍受組織がにわかに世間の脚光を浴びた。
1983年9月1日午前3時26分、
サハリン近辺、ソ連領空にて一機の旅客機が撃墜された。
大韓航空機撃墜事件である。

日本は中曽根内閣の時代で、
官房長官は後藤田正晴。
彼のもとに事件の情報が入ったのは午前8時。
内閣調査室長の鎌倉節からの情報で
鎌倉は後藤田に「大韓機は撃墜されました」と断定した。

内閣調査室(内閣情報調査室の前称)は
前の記事で書いたとおり、

国家と情報機関 その2・・内閣情報調査室

かつて「二別」を実質上傘下においており、
ここから情報がダイレクトに入ってきていた。

自衛隊の稚内の電波傍受基地は
大韓航空機撃墜に至るソ連戦闘機と空軍司令部の
双方の無線のやり取りを完全に傍受していた。

事件発生から5日後、
日米両政府はこの傍受記録の一部を公開し、
国連においても、この生々しい交信のやり取りが
米代表によって公開され、
ソ連は自国の非を認めざるをえなくなった。

この大韓航空機撃墜事件は
自衛隊の電波情報収集力の凄さを見せつけたが、
一方で、この電波傍受組織の持つ致命的な弱点が
浮き彫りにされた。
それは過度の米軍との一体化である。

内調室長から後藤田のもとに
撃墜の情報が上がったのが午前8時だが、
実は米国は撃墜直後に
この自衛隊の傍受無線情報を入手していた。

後藤田の回想録には以下のように書かれている。

  僕はこの情報経路がけしからんと思ったね。
  東京より先にワシントンに報告が行ってるんだ。
  ただ、無理もない面もあってね。
  傍受施設には米軍の担当者もいたからね。

東京より先にワシントンに報告が行ってる?
傍受施設には米軍の担当者がいた?
これはどういうことなのか?

稚内の「二別」傘下の電波傍受基地は、
ソ連関係の無線傍受の専門基地として設置された。
正式名称は東千歳通信所稚内分遣部隊。

実は、この稚内基地には
米軍の通信情報部隊が同居していた。
この通信部隊の名は「プロジェクト・クレフ(CLEF)」。
米空軍電子保安司令部、海軍保安群、
陸軍情報保安司令部の三者によって
1982年に創設された極めて特殊な機関であり、
米国家安全保障局(NSA)の管轄下にあった。

プロジェクト・クレフは三沢の米軍基地や
メリーランド州フォート・ミードの基地と
密接に連絡を取り合っており、
この大韓航空機撃墜の電波情報は
日本の官房長官に届くよりも先に
米国のNSAに流れていた。

後藤田は当時を振り返ってこう語る。

  情報のルートが間違っているんでは
  日本の危機管理体制不足ということになる。
  官邸に情報が上がってくるのが遅いしね。
  日本の国というものはね、本当の意味で
  独立しているのかといったような気がしましたね。

当時の防衛庁の夏目事務次官は
この事件を振り返り語っている。

  プロジェクト・クレフの存在は知っていましたよ。
  存在そのものは事件が起こる前から知っていた。

  防衛庁でも、ごくひとにぎりの人しか知らなかった。
  知らせないようにしてたんです、事実。
  大臣も次官も知らないでおられた方が
  いっぱいいるとおもいますね。

  日本の傍受したものも
  米軍三沢基地に入ってたわけですね。
  みんな入るんです。
  そのシステムが問題であったわけです。後で考えると。
  ただし、そのころは、
  そういうことが問題になるという認識がなかった。
  なぜそういうことがなかったのか。

  ご承知のように、
  日本の防衛のいちばん大事な点というのは、
  アメリカが日本占領中、朝鮮動乱あるいは
  平和条約が発効し引き揚げていったその過程で、
  アメリカが核として残したものを
  日本がそのまま引き継ぎ、
  それが基本になっていることです。
  そのいきさつからアメリカに情報が行くことというのは
  当然みたいに思っていたんですね。

後藤田は後にこの件について夏目を叱責している。

夏目は語る。

  こんなものが生で
  ストレートにいっちゃうとは思わなかった。
  どっかにクッションがあっていくんだろうと
  思っていたんです。それがなかった。
  ある意味では情報管理が
  まだ確立されていなかったことは否めない。
  私が後藤田さんに叱られたのは
  そのことだったとおもいますね。

日本の国家機密そのものの電波傍受基地に、
何故か米軍部隊が同居し、
その得た情報を米国にダイレクトに伝えてしまう。
凄い現実です。

2005年の今、
この「プロジェクト・クレフ」が存在してるのか、
基地内に未だに米軍人が同居しているのかは分からない。

ただ、あれから日米同盟はさらに密接になり、
情報のリンクは当たり前になってきた。
あの時以上の、この種の「情報同居状態」が
行われている可能性は高いね。

同盟国といえど、所詮は他国であり、
こうも情報の半植民地化状態が許されていいものか、
疑問に思ってしまう。


<画像・地理部>

画像・地理部の前身は
陸上自衛隊の中央地理隊。
人工衛星や偵察機から得た画像の解析を行う。

この衛星画像は
以前は米国の民間衛星会社から買っていた。
米国の商業衛星「イコノス」が
1メートルの分解能(識別能力)を持つため、
ここからの画像に依存していた。

しかし、いくら民間衛星と言えど、
そこは米国企業であり、
米国の国益に反する画像は売ってくれない。
米軍のアフガン侵攻やイラク戦争時には
米国は民間衛星会社のアフガン・イラク方面の
衛星画像を「独占契約」し、
他国に流さないようにした。

また、1998年の「テポドンショック」の際には、
米国からもたらされる情報が杜撰であったり、
政治的にねじ曲げられたものであったことから、
日本も独自の偵察衛星を持つべきだという意見が沸騰し、
ついに2003年3月、
2基の情報収集衛星の打ち上げた。
カメラを搭載した画像偵察衛星と
合成開口レーダーを搭載したレーダー偵察衛星である。

この情報収集衛星の画像情報は
内閣情報調査室の「内閣衛星情報センター」に入る。
そこから必要な画像が
防衛庁情報本部画像・地理部に回ってくる。

防衛庁の本音としては
自分らで偵察衛星を運用したかったのだろうが、
「宇宙の平和利用」という過去の国会決議のため、
それは断念せざるを得なかった。

現在、画像・地理部は
わずか三百名程度の人員で切り盛りしている。
米国防省の国家地理・空間情報庁(NGA)の1万人や、
英国の国防地理画像情報庁(DGIA)の千人にも及ばない。


さてさて、防衛庁情報本部について解説してきました。
ここは前回の内閣情報調査室の人員の少なさに比べれば
規模的にはましと言うべきか。
ただ、カウンターパートに当たる米国防省の
国防情報庁(DIA)の一万人以上に比べると
やはり小規模な組織だなと思う。

予算の問題もあるのだろうが
この人数はもっと増員しないとね。
専守防衛とか言って己の手足を縛ってるのだから、
情報には他国よりも敏感じゃなければ困るよ。

最後に一つ付け加えておくと、
防衛庁情報本部は
自衛隊の統合幕僚会議の下に置かれており、
統合幕僚長を経れば
防衛庁長官に報告を上げられる建前だが
実質はそうはなっていない。

あの防衛庁の悪しき内局優越制度によって、

 防衛庁情報本部
   ↓
 統合幕僚会議議長
   ↓
 防衛庁防衛局調査課
   ↓
 防衛局長
   ↓
 防衛庁次官
   ↓
 防衛庁長官

この過程を経なければならない。

この馬鹿馬鹿しいまでの
複雑ルートを通過しなければ情報は上げられず、
途中で防衛局調査課長が「こんなもんいらん」と言えば、
そこで報告が途絶えてしまう。
また、タイムリーに情報が上げられない。
緊急時にこの調子では困るでしょ。

これは前防衛庁情報本部長の太田文雄氏が
「情報と国家戦略」という著書の中で嘆いてることで、
まあ、ここで防衛庁の内局優越システムの是非や
背広組と制服組の争いについて書こうと思わないが、
この種の報告システムの欠陥を改めないと
せっかく情報本部を作って、
良き情報収集と良き分析を行っても、
これでは宝の持ち腐れになってしまうよ。
ここらへん改善を希望します。



防衛庁情報本部

情報、官邸に達せず:麻生 幾 (著)

公安アンダーワールド:宝島社文庫

「情報」と国家戦略:太田 文雄 (著)

誕生 国産スパイ衛星 独自情報網と日米同盟 
 春原 剛 (著)


法の男 後藤田正晴―21世紀への伝言

時代の証言者 (5):後藤田正晴


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by misaki80sw | 2005-05-26 00:50 | 日本(政治経済)