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by misaki80sw

日本+アジア諸国による海賊対策協定。

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日本など4カ国、アジア海賊対策地域協力協定に署名

 日本、シンガポール、ラオス、カンボジアの4カ国は28日、
 シンガポールで「アジア海賊対策地域協力協定」に署名した。
 同国に設立する情報共有センターを通じ
 海賊逮捕などで協力する。
 日本にも重要な海上輸送ルートである、
 マラッカ海峡などで海賊事件が増加しており、
 多国間協力で対策を強化する。

 署名式には日本から逢沢一郎外務副大臣が出席した。
 協定の参加予定国は
 日中韓、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国、
 インド、バングラデシュ、スリランカの16カ国。
 10カ国が協定を締結した後、90日で発効する。

 情報共有センターを通じて
 海賊容疑者の発見や逮捕、容疑船舶の拿捕(だほ)、
 被害者の発見、救出で連携するほか、
 締約国間で犯罪人の引き渡しや
 海上警備の能力開発でも協力する。

 同協定は2001年の日中韓とASEANの首脳会議で
 小泉純一郎首相が提案し、04年11月に採択された。

   (日経新聞)


先日の「韋駄天」号の海賊事件は
記憶に新しいところ。

マラッカ海峡は、
マレー半島とインドネシア・スマトラ島の間にある海域で、
インド洋と南シナ海を結ぶ重要な航路。
長さ約900km、幅70~250km、平均の深さ25m。
日本の海運会社全体で年間1万4000隻が航行し、
日本へ中東原油を運ぶタンカーの8割が通過する、
シーレーンの要衝である

海上保安庁の調べによると、
マラッカ海峡で起きた海賊事件は、
96年から98年までは一ケタ台だったが、
99年には16件と初めて二ケタ台になり、
2000年には80件を記録した。
その後は20件台で推移し、04年は45件を数えた。

海賊が増えた背景には、
97年のアジア通貨危機によって
困窮した沿岸漁民の存在があると言われている。

1998年9月、
パナマ船籍で日本船主の貨物船「テンユー号」が
インドネシアのスマトラ島から韓国仁川向け出港。
その直後に海賊にハイジャックされ消息不明になった。

そして2カ月半後、「テンユー号」は
中国南東部の浙江省張家港で発見された。
船名は「サンエイ1」に変更されており、
乗組員はそっくり入れ替わっていた。
当時の乗組員及び積荷は未だに行方不明のままとなっている。
なお、発見当時の乗組員に海賊容疑がかけられたが、
証拠不十分により釈放された。

「テンユー号」が積載していたのは
アルミインゴット約3,000トンであり
これは時価4億7千万円に相当した。

1999年10月、
同じくパナマ船籍で日本船主の貨物船、
「アロンドラ・レインボー号」が
全く同じくインドネシアのスマトラ島を出港し、
日本向け航行中のところ、
拳銃、ナイフで武装した海賊にハイジャックされた。
襲撃後、海賊の司令船が同号に接舷し、
海賊船から新たに15名の要員が同号に乗り移った。

一方、乗組員は同号から海賊船に移され、
狭い船倉に6日間監禁された後、
10月29日、ゴム製の救命筏に移され開放された。
乗組員はその後、11日間海上を漂流した後、
タイのプーケット島沖で漁船に発見され、
全員無事保護された。

11月16日、「アロンドラ・レインボー号」は
インド南西沖の公海上を西に向かって航行中、
インド沿岸警備隊及びインド海軍による、
停船命令、威嚇射撃等の後に拿捕され、
インドネシア人海賊15名全員が逮捕された。
拿捕当時、同号の船名は
「MEGA RAMA」に変更されていた。

この2件の事件は日本政府に衝撃を与えた。
ここから政府による本格的な海賊対策が始まる。

◇1999年11月
 小渕総理がASEAN拡大首脳会議で
 国際会議の必要性を提唱   

◇2000年4月
 東京にて海峡周辺諸国による海賊対策国際会議を開催。
 「アジア海賊対策チャレンジ2000」を採択。
 これに基づき、
 01年11月にマレーシア、
 02年3月にインドネシア、
 03年3月にフィリピン、
 04年2月にタイで
 それぞれ「海賊対策専門家会合」を開催。

◇2000年11月
 森総理がASEAN拡大首脳会議で
 アジアの協力会議の開催を提案   

◇2001年10月
 東京にて海賊対策アジア協力会議を開催

◇2001年11月
 小泉総理がASEAN拡大首脳会議で
 「アジア海賊対策地域協力協定」を提案   

◇2002年3月
 協定交渉予備協議を行い、早期の交渉開始を提案

 同月、
 海上保安庁の支援により、
 インドネシアにおいてアジアの14カ国による、
 海賊対策専門家会合が開催。
 周辺海域沿岸国への巡視船の派遣。
 海上保安大学校への留学生の受け入れを始めた。

◇2002年7月
 東京にて協定交渉開始
 ASEAN10カ国、中国、韓国、インド、
 バングラデシュ、スリランカとともに交渉開始。

◇2004年11月
 東京にて協定交渉の最終会合。
 情報共有センター設置国がシンガポールに決定され、
 協定が採択された。


で、今回の
日本・シンガポール・ラオス・カンボジア4カ国による、
「アジア海賊対策地域協力協定」の署名となったわけ。

上記ニュース中にもあるように
この協定にはいずれ、
中国・韓国・東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国、
インド、バングラデシュ、スリランカの
合計16カ国が勢揃いする予定。

まあ、一連の矢継ぎ早の流れを見れば分かるとおり、
日本政府は海賊対策を重要視している。
対してASEAN側は
マラッカ海峡がマレーシア・インドネシア、
シンガポールの3国の領海が入り組み、
国家同士の利害が錯綜しているため
協定交渉が遅々として進まなかった。
このため業を煮やした日本が
「早いとこやってくれ」と促した経緯がある。

実は、この協定には
後で米国も参加する予定。
米国はテロ対策絡みで
マラッカ海峡の海賊には神経を尖らせており、
特にインドネシアの反政府武力ゲリラが
アルカイダと結びついて、
海峡でテロを行う可能性があると想定している。

米国は当初、自分がリーダーシップを取って
自分が仕切った構想のもとで
海峡の航行安全機構のようなものを
創設しようとしていた。

2004年6月、米ラムズフェルド国防長官が
シンガポールでのアジア安全保障会議において、
米軍を配置することで
海峡周辺の海賊対策を強化するよう提案したが、
域内での米軍基地新設などの情報が流れ、
「実はイスラム原理主義組織の掃討が目的であり、
マラッカ海峡での米国の影響力を強める動きにつながる」として
マレーシアとインドネシアなどが猛反対し、
結局、米国主導構想はこれでポシャってしまった。

ただし、米国も
この協定参加には実利があるということで
後発組として参加することになったわけ。


ざっとこういう流れなんですが、
私としても大いにやってくれと言いたいね。
特にシンガポールに設置される、
対海賊の情報共有センターには期待しています。

ただ、2つほど要望を付け加えるならば、

1,沿岸警備(コーストガード)の
  関係各国による共同学校を創設すること。

2,海保だけじゃなく、海自も巻き込むこと。

これをお願いしたいですな。

1に関して言えば、
やっぱりね、「同じ釜のメシを食った仲」
これが一番最強ですよ。

共に訓練し、共に海賊を撃退し、と。
こういう趣旨の学校を作ってほしいね。

2は、将来を見据えた構想。

あの巨大なEUが、
1952年の仏・西独・イタリア・ベネルクス3国の
欧州石炭鉄鋼共同体から始まったように、
この「アジア海賊対策地域協力協定」を嚆矢として
ASEANと日本による軍事機構に発展させてほしい。
他の国はいらない(笑)。
そのために海自にも一枚噛ませる必要がある。

欧州石炭鉄鋼共同体は
仏と西独国境のルール炭田地帯の紛争を防ぎつつ、
6カ国で実利を分け合うために作ったもの。
それがやがて巨大EUに発展してしまった。

この海賊対策協定を基にして、
シーレーン防衛に関して
ASEAN諸国との軍事協力を推し進め、
やがては共同防衛機構にまで
ドロンと大化けしていただきたいものです。



外務省:アジア海賊対策地域協力協定について

現代リスクの基礎知識:マラッカ海峡の海賊問題

海賊 - Wikipedia

国土交通省:我が国関係船舶における
 海賊被害状況調査の結果(2003年)



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by misaki80sw | 2005-04-29 22:58 | 日本(政治経済)