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by misaki80sw

「人権擁護法」その7・・同和利権


同和利権について書きます。


まず「同和問題」とは何か?
「同和」とはそもそも何なのか?

このシリーズの2で取り上げたように

「人権擁護法」その2・・部落解放同盟

いわゆる「被差別部落」及び
その住民・出身者に対する差別問題である。

この「同和」という用語だけど
戦前に作られた行政用語。
昭和天皇即位の詔勅に用いられた「同胞一和」が元。
1941年の国民精神総動員運動の一環として
内務省の外郭団体に「同和奉公会」が生まれ、
この時期から「同和」の言葉が使われ始めた。

1969年、日本政府は同和問題対策の法律を制定した。
「同和対策事業特別措置法」である。
65年の同和対策審議会が出した答申を元に、
部落差別解消を
「国の責務であり、同時に国民的課題」と位置付け、
劣悪な住環境であった被差別部落を「同和地区」として認定し、
巨額の予算を投入して
インフラ・ハード面の整備を行っていく。

かつての劣悪な住居・道路・排水設備、
さらに地域の公的施設に至るまで
全てが大々的に整備され、
同和地区は見違えるように変貌していった。
三十数年の期間に国と地方自治体が投入した予算は
実に14兆円以上に達した。

この過程において
部落解放同盟は「人権と差別」を盾に「糾弾」を武器として
この公金の流れに食い込み、利権の構造を形成してきた。
これを「同和利権」という。

この三十数年間において
日本全国で様々な同和利権絡みの事件が起こり、
多くの解放同盟関係者が逮捕されていった。

この同和対策法の制定前後において
解放同盟内部ではこの法に対する評価は二分した。
主流派はこれを評価し、
共産党系の反主流派はこれを「毒饅頭」と称し、
政府側の欺瞞と主張した。

この三十数年の歩みを俯瞰するならば、
これは共産党系が主張していたこととは別な意味で、
同和対策法とは彼らにとって
「毒饅頭」であったと思わざるをえない。

以下、彼らの同和利権絡みの事件を
いくつか掲載します。


<北九州市土地疑惑事件>

1981年6月、福岡県北九州市で
解放同盟と全日本同和会による、
市住宅供給公社の用地買収をめぐる、
土地転がし事件が発覚した。

発端は、北九州市のローカル紙、
「小倉タイムス」によるスクープ記事。
解放同盟小倉地区協の木村書記長が
土地ころがしで巨利を得ていると暴露した。
 
この事件は、北九州市が
同和住宅建設などのために土地を買い上げる前、
地主から第三者のもとにその土地の所有権を移し、
10ヶ月~半年程度が経過したところで、
2~7倍で市に買収させる、
いわゆる土地ころがし行為のパイプ役として、
市の職員や解放同盟・全日本同和会の幹部らが
暗躍していたというもの。

浮かんだ疑惑は10数件にのぼり、
第三者に転がり込んだ差益は10数億円にも上るとされた。
しかも、市が買い上げた土地の大半は、
数年経っても遊休状態のままになっていた。
最終的に真実は闇のままで葬られた。

この土地疑惑問題での紛糾がつづいているさなか、
別の解放同盟幹部による公共事業の入札や教育人事への介入、
さらには土地転用問題で苦情をつきつけた解放同盟幹部が、
北九州市の同和対策課長を折り畳み椅子で殴りつけて負傷させ、
逮捕される事件も起こった。

北九州市側は
この土地疑惑に関する市民の批判の高まりに
それまでの解放同盟などの同和団体のいいなりの体制を
見直しをさぜるをえなくなった。

解放同盟がらみの事件には珍しく、
地元の「小倉タイムズ」の積極果敢なスクープに続き、
大手新聞もこの事件を取り上げた。

しかし、解放同盟側は
「あれは朝日新聞のデマである」と言い、

 われわれは「人間の尊厳」を死守するために
 朝日新聞と正面から対決し、
 断固として戦うと決意した。

と、当時の上杉委員長のコメントが
彼らの機関誌「解放新聞」に掲載された。


<大阪市同和事業未利用地問題>

1982年11月、
大阪市が吹田市内に保有する土地の利用をめぐり、
大阪市議会決算委員会で質疑が行われた。

吹田市内の保有地は、26年前に東淀川区飛鳥地区に
同和対策事業用の諸施設建設として、
代替土地名目で大阪市が6億7,000万円で買収。
その後、府との土地交換が成立するまでとして、
飛鳥地区協議会と無料の使用契約をむすび、
菜園として使用していた。

ところがこの菜園建設の工事を請け負った、
解放同盟系の建設業者は
同敷地内に勝手に自宅を建設、
さらに市の補助金で建設した休憩所など自分名義で登記し、
借金の担保にしていたことが発覚した。

これを追求した関根議員に対して大阪市側は、
「いろいろと勉強させてください」と
わけのわからない答弁を繰り返すのみであった。

その後、業者名義の登記は抹消され、
同者の邸宅も撤去された。


<赤池町国有地売買恐喝事件>

1983年12月、福岡県警は、
解放同盟赤池連協幹部ら2人を恐喝容疑で逮捕、
その父親の元同町議会副議長、元解同赤池連協副会長を
同容疑で取り調べた。

この親子は、赤池町土地開発公社事務局長に対し、
自分たちの土地でもない国有地の一部を買い取らせようと
「境界も違う」などと言いがかりをつけ、
アルミ製の灰皿を投げつけるなど乱暴、
「道路に杭を打って通れないようにするぞ」などと脅し、
土地買い上げ代金として30万円を脅し取った疑い。
それまでにも「国有地の払い下げを受ける予定だから、
同和住宅を建設せよ」などと脅し、
すでに自分たちが売っていた土地などの買収を迫り、
多額の現金を脅し取った。


<直方市工事請負問題>

1985年12月、福岡県直方市の議会で、
市の発注による指名競争入札落札の
上位一覧表にある業者名の公表を市の側が拒否したため、
決算審議が混乱に陥った。

けっきょく市側が公表することになったが、
84年度土木・建築両工事を落札した上位17社のうち13社が、
解放同盟員らの経営する土建業者によって
占められていることが発覚。
市の同和関係業者への優遇策が、
一部業者に偏る不公平を生んでいると、
295の指名登録業者から批判の声が挙がった。

解放同盟員10、全日本同和会員3の計13社が、
土木・建築2部門の
上位10社の請負高18億5092万円のうち、
84%に近い15億5901万円を受注していた。
この18億円の工事額のうち地域改善対策事業は
55.5%の10億5070万円で、
地対事業だけでなく、一般工事の発注も
同和関係業者に偏っていることがわかった。
 
直方市では、84年12月の市議会でも、
総事業費の3割を同和団体幹部の経営による3社が
集中的に受注していることが指摘され、
傍聴の同和関係者らの野次と怒号で本会議が流れ、
機動隊を導入してやっと決算が認定されるという事態が発生し、
市が初め公表を拒否したのは、
ふたたび同様の事態が発生することへの懸念からだったという。


<徳島市の2つの背任事件>

1997年9月、
徳島市の職員互助会が実施した海外旅行にからむ背任事件で、
解放同盟徳島県連最高幹部の息子が逮捕された。
逮捕されたのは、互助会役員で
市職員労働組合書記長の井上直樹(37歳)である。
 
井上らが逮捕された容疑事実は、
シンガポール旅行に絡む背任であった。
水増し額438万円の一部は、
井上容疑者の個人的な海外旅行に
流用されていたことも露見した。
その後の捜査で背任額は海外旅行4回分、
約1200万円にも上ることが分かった。
 
井上らの初公判では、立件されてはいないものの、
井上がほとんどの旅行で代金を水増しし、
その総額は3500万円にも及ぶことが明らかになった。
そしてそのほぼ全額が井上被告の懐に流れていたという。

この井上という人物、
市役所内部では、組合書記長とはいえ、
組合交渉の場でも突出した影響力を持っていた。
市役所での井上の綽名は「殿」あるいは「影の市長」。

徳島地検は、
「市政全般において井上が
強大な影響力を持っていた」とまで指摘した。
地方自治体の世界では、
解放同盟の実力者の息子に逆らうことは難しい。

1999年1月、
解同徳島県連最高幹部の息子が背任容疑で逮捕された。
逮捕されたのは徳島市体育振興公社事務局次長の井上雅史。
1998年9月に「職員互助会事件」で逮捕された、
井上直樹の実兄である。

弟の直樹が「影の市長」と呼ばれていたのに対して、
兄の雅史は「裏の教育長」と呼ばれていた。
解放同盟の威光を笠に着て兄弟で市政に君臨し、
これを私物化していた。

この事件は、
公社が管理運営する市陸上競技場の芝管理業務に関して、
実際には公社職員がおこなっていながら、
井上雅史の前妻の父が経営していた工務店と委託契約を結び、
570万円を支払って公社に損害を与えたというもの。
 
架空発注を受けた工務店は、
芝管理とは無縁の土木建築業者でありながら、
1997年度に初めて同業務の委託を受けたという不自然ぶり。
しかも容疑内容は、芝管理業務を工務店に委託しながら
公社職員が代行していたという単純さであり、
市が調べれば、その異常さはすぐ判明するはずだった。
 
問題の工務店は、
1996年度の公社の施設修繕費3220万円のうち
9割を受注していた。


<高知県モード・アバンセ社事件>

1991年、解放同盟高知県連が、
高知県に対して「同和縫製工場の高度化・協同化」を要求した。
これに対して県は、そのことは共通の課題だと認識しており、
今後その可能性をともに検討したいと約束した。
 
これを受けて
解放同盟系の縫製工場を経営するなどしてきた安原繁氏が
94年、みずからが経営する縫製工場五社をまとめて
協業組合モード・アバンセ社を設立し、
県から中小企業高度化資金約14億円の融資を引き出した。

しかし、この融資は最初から杜撰であった。
そもそも「中小企業団体の組織に関する法律」は、
協業組合の設立には、組合員がそれぞれ出資し、
一組合員の出資比率が
50%未満でなければならないとしている。
しかし、モード社はすべて、安原氏が出資していた。
さらに安原氏は、協業化前の五社の負債約5億円を
モード社に持ち込まないという、
県との約束も破って負債を持ち込んだ。
モード社の架空の用地造成や
社屋の建設費の水増しもあったことが、
後の高知県議会百条委員会の調査で明らかになっている。

こうしたずさんな実態も手伝って、
14億円もつぎ込みながら
96年、モード社は操業直前に倒産の危機に直面する。
あわてた県は、
秘密裏にモード社のみを対象にした融資制度を作り、
当時の山本卓副知事が決済し、12億円を直接貸し付けた。
県による闇融資である。

2001年5月、モード社は倒産した。
県は同社からろくな担保も取らずに金を貸していたため、
当初の資金14億4千万円と闇融資による12億円、
合計26億4千万円が失われた。

闇融資の事実は2001年3月、
「高知新聞」のスクープで発覚した。
これを受けて高知県議会に設置された百条委員会は、
一連の経過を調査した。
解同県連の竹下義喜委員長、村越比佐夫副委員長は、
モード社の協業化構想を推進してきたにもかかわらず、
百条委員会での証言で関与を否定した。
県議会は全会一致で両氏を偽証で告発する。

架空の用地造成や社屋の建設費の水増し問題でも、
計3億円余の高度化資金の詐欺事件として
百条委員全員が安原氏らを刑事告発した。
県警と高知地検はこれらの告発を受け、
モード社本社や解同県連事務所など
三十数カ所を家宅捜査した。
解放同盟高知県連は、
竹下、村越正副委員長をはじめ役員が総辞職した。

これらの問題は
橋本大二郎知事になんら知らされることなく、
副知事以下で進められた。
山本元副知事は、百条委員会の証言で
知事の判断を仰がなかったと述べている。

当初、橋本知事は

 闇融資はモード社400人の雇用を守るため、
 やむをえなかった判断

と言っていたが、
事実が次々と明らかになるにつれて

 解放同盟との交渉が職員にプレッシャーとなっていた。
 同和対策が重くのしかかり、判断に影響を与えた。

と認め、

 別の元幹部は、若い頃、
 こうした団体の幹部と県行政の関係というものに
 疑問を持った同僚の職員が
 そのことを上司に言ったところ、
 後でその同僚が人事的に不遇の目にあった。
 こうしたこともあって、
 多くの職員は同和対策事業というものを
 かなり重荷に重圧に感じていたはずだということを
 申しておりました。

 こうした話しが職員の口から出ること自体、
 特定の団体に対して
 職員が重荷を感じていた証しではないかと思います。
 また、たとえ直接の口出しでないにしろ、
 団体との間にトラブルを起こす職員を敬遠する傾向が
 組織の中にあったのではないかと感じております。

と、「解同人事」の存在に言及した。

また、県の商工政策課長は
 
 県の指導が不十分で倒産したとなれば
 県が同和地区の就労対策に
 真剣に取り組んでいないことになってしまう。

 解放同盟が怒って同和対策審議会の審議がストップし、
 大混乱になってしまうと考えた。

と、闇融資に至った心理を証言した。


さて、複数の事件を取り上げました。
これらの事件の背景には
共通して以下のパターンがあります。

◇自治体と解放同盟との交渉で
 同和対策事業への支援要求がある。
      ↓
◇自治体の回答が気に入らないとなると
 恫喝や糾弾と称して長時間にわたり何回も交渉が行われる。
      ↓
◇怯えた自治体がこれをのむ。
      ↓
◇事業計画の結成から資金の導入・返済計画まで
 行政関係者が作成する。
      ↓
◇事業が失敗しても次から次へと
 不正融資や事業に対する補助金が支出される。

ほとんど同じパターンで、
この種の事例はこれ以外にも多数有り、
私としてはどれを選ぶか困ったほどだった。


この同和利権と
それにたかる解放同盟の構造は
必然的に彼ら自身の堕落を生む。

反差別を掲げた団体が利権の中に埋没し、
利権によって構成員の忠誠心を維持し、
利権のタネが無くなれば
「被差別者」であることをことさら強調し、
ついには自作自演の差別事件まで
でっち上げるほどまでに落ちていく。

同和対策法施行から10年を経た80年代になると
この構造に目をつけた小悪党達が、
利権のおこぼれを得ようと、
多くの「エセ同和団体」を結成し、
同和・差別・人権を盾にして自治体や企業をゆすり始めていく。

「同和は恐い」という行政関係者、
企業関係者の心理を利用して
これらのエセ団体による恐喝事件は日本全国で引き起こされた。

そしてこの解放同盟を筆頭とする利権屋の跳梁にも
黄昏の時代が訪れる。
国の同和対策事業の終了である。

国の同和対策の法施行は以下の流れで

◇1969年:同和対策事業特別措置法
            ↓
◇1982年:地域改善対策特別措置法
            ↓
◇1987年:地域改善対策特定事業に係る
       国の財政上の特別措置に関する法律

最終的に同和事業は
2002年に3月に全て終了した。
もはや国法でもって
同和対策に金を投入することは無くなった。

利権のタネと組織目的を喪失した解放同盟は
新たな目的と利権の確保に目を向け始める。
それが「人権擁護法」である。

組織というものは、
何らかの目的達成のために作られた機能集団である。
解放同盟は「被差別部落の差別の解消」を目的に結成された。
しかし、今、日本は豊かになり、人口の流動化は進み、
「人権」という概念が当たり前の公理となり、
かつての江戸時代に根ざした部落差別の問題も
ほぼ解消されたと見るのが妥当だろう。

もはや「差別の解消」という解放同盟の組織目的は
十分に達成された。
では、この団体は粛々と解体するのか?
否、否。

いったん作られて、構成員を抱え込んだ組織は

1,組織の維持と拡大

2,構成員の忠誠維持と利益確保

この2点自体が組織目的に転化する。

同和対策法が継続のうちは、
この法のもたらす利権の中に身を埋め、
利権を吸うことで上記2点を満足させてきた。

しかし、法の終了。
「人権擁護法」の制定と新たな利権の確保が
彼らの組織目的となった。

ここらへんの構造は
構成員の減少に悩む「民団」が新たな組織目的として
「外国人参政権法」に飛びついた構造と全く同じ。
組織というものの不可思議な自己拡大欲求である。



人権関連法案突然の再浮上:仕掛けは解放同盟

TBS筑紫キャスター「屠殺場」発言事件

エセ同和行為の源流

部落解放同盟犯罪史

部落問題 - Wikipedia


同和利権の真相(1)宝島社文庫


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「人権擁護法を考える緊急大会」ミニレポート。
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by misaki80sw | 2005-04-29 02:16 | 人権擁護法