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by misaki80sw

「人権擁護法」その6・・八鹿高校事件


人権擁護法を推進する部落解放同盟。
彼らは自身のサイトの中で
人権擁護法について以下のように語っている。

これからが正念場
 パリ原則ふまえた法の今国会制定へ


 部落解放・人権政策確立要求中央実行委員会の
 第5回中央実行委員会を2月23日午後、
 参議院議員会館でおこなった。
 実行委ではこの通常国会が
 「人権侵害救済法」制定の最大の山場、
 私たちがめざす法律へ、
 「パリ原則」をしっかりふまえたものをこれから作っていこう、
 と意志一致した。
 各地実行委員会などから代表180人が参加した。
 集会後は、国会議員への要請行動にとりくんだ。
 
 基調のなかで谷元昭信・事務局次長は、
 今日時点での論点整理として、

 ①人権委員会の独立性確保のために法務省ではなく
  内閣府の所管に

 ②実効性確保のために地方での人権委の設置が必要

 ③公権力の不当な介入の排除
  メディア規制の削除、
  確認・糾弾への不当な介入の排除

 をあげ、
 原則を放棄することなく、安易に妥協することなく、
 これからが山場だ、闘いをつづけよう、とよびかけた。
 
 開会あいさつで組坂繁之・副会長は、
 この通常国会が最大の山場、安易な妥協はしない、
 100点満点をめざして全力をあげよう、と訴えた。
 集会では、自民、公明、民主、社民の
 各政党の代表があいさつし、
 この国会で人権侵害救済のための法律の制定へ
 とりくむ決意をのべた。

   (解放新聞)

   
この解放同盟中央実行委員会とやらに
自民、公明、民主、社民が
雁首揃えて挨拶に参上してるのは笑止千万ですが、
この文章の中で注目すべきは以下の文言です。

  公権力の不当な介入の排除
  確認・糾弾への不当な介入の排除

糾弾への不当な介入の排除。
これを彼らは人権擁護法推進の理由の一つにあげている。

では「糾弾」とは何か?
これは前回に書きました。

「人権擁護法」その4・・「糾弾」という名の私刑

ここに「糾弾」とはいかなるものかが
実例をあげて載っています。

要するに「糾弾」とは集団的リンチを行い、
「私は差別をしました」と自白を強要させることです。
暴力行為そのものです。

前回でも触れましたが
解放同盟は「糾弾権」なるものを
自身が持っていると主張していますが、
法務省は明確にこれを否定しています。

以下、平成元年8月4日付けの
法務省の通達(法務省権管第280号)を
ここに一部掲載します。


 法務省権管第280号 平成元年8月4日
 法務省人権擁護局総務課長

 法務局人権擁護部長・地方法務局長 殿

 確認・糾弾会について(通知)

 確認・糾弾会においては、
 被糾弾者の人権擁護に対する手続的保障がない。
 すなわち、被糾弾者の弁護人的役割を果たす者がいない上、
 被害者集団が検察官と裁判官の両方の役割を果たしており、
 差別の判定機関としての公正・中立性が望めず、
 何が差別かということの判断を始め、
 主観的な立場から、恣意的な判断がなされる可能性が高い。

 被糾弾者には、
 確認・糾弾会の完結時についての目途が与えられない。
 反省文や決意表明書の提出、研修の実施、
 同和問題企業連絡会等への加入、
 賛助金等の支払い等々確認・糾弾行為を終結させるための
 謝罪行為が恣意的に求められ、
 これに応じることを余儀なくされる。

 何が差別かということを主観的な立場から、
 恣意的に判断されて、確認・糾弾会の開催が決定され、
 それへの出席が求められる。

 確認・糾弾会に出席する法的義務はなく、
 その場に出るか否かは
 あくまでも本人の自由意思によるべきであり、
 解同もその出席は被糾弾者の自由意思に基づくものであり
 強要はしていないとしている。
 しかし、現実に解同は、出席を拒否する被糾弾者に対して、
 差別者は当然確認・糾弾会に出席するべきであるとし、
 あるいはこれを開き直りであるとして、
 直接、間接に強い圧力をかけ、被糾弾者を結局、
 出席ざるを得ない状況に追い込むことが多く、
 その出席が被糾弾者の自由意思に
 基づくものであるとされても、
 真の自由意思によるものかに疑問がある場合が多い。

 解同は、差別をした者が被害者に対して
 謝罪すべきであるとして
 確認・糾弾会への出席を求めるのであるが、
 差別行為者が被害者に対し謝罪をするかどうか、
 またどのように謝罪をするかは、
 個人的、道義的な問題である。

 解同は、「確認・糾弾」の闘争戦術は
 法学の概念でいうところの
 「自力救済」の論理にかなうと主張し
 (1987年一般運動方針)、
 また、八鹿高校等刑事事件に関する、
 昭和63年3月29日大阪高裁判決が
 確認・糾弾権を認めた旨述べている。

 しかしながら、同判決は、
 確認・糾弾行為について
 「糾弾は、もとより実定法上認められた権利ではない、
 一種の自救行為として是認できる余地がある。」
 と述べているのであって、
 一般的・包括的に糾弾行為を自救行為として
 是認したものではなく、
 まして「糾弾する権利」を認めたものではない。


まあ、当たり前のことを述べた文章です。
つまり「糾弾権」なんて認めんぞ、と。

解放同盟がいくらきれい事を言っても、

 何が差別かということを主観的な立場から、
 恣意的に判断されて、確認・糾弾会の開催が決定され、
 それへの出席が求められる。

糾弾集会への出席を強要しているのは事実だし、

 被糾弾者の弁護人的役割を果たす者がいない上、
 被害者集団が検察官と裁判官の両方の役割を果たしており、
 差別の判定機関としての公正・中立性が望めず、
 何が差別かということの判断を始め、
 主観的な立場から、
 恣意的な判断がなされる可能性が高い。

単なる私刑の場に過ぎんぞ、と。

この法務省の通達について解放同盟側は
執拗に廃止を求めている。
そりゃそうでしょう。
伝家の宝刀を公的に否定されているわけだからね。

さて、この通達の末尾に
「八鹿高校等刑事事件」というものが出てくる。
これは前回にも触れた矢田事件の判決と同様で、
この事件の高裁判決をもとに
解放同盟は己の糾弾権が認められたと吹聴してる。
では、この「八鹿高校等刑事事件」とは何か?

「八鹿高校事件」とは、
過去の解放同盟が犯した犯罪の中でも
最大規模の傷害事件。
解放同盟が教育現場に浸透しようとし、
共産党系の教師集団に阻まれたため起こした、
集団リンチ事件。

以下、詳しく書きます。


1974年11月、
兵庫県八鹿町(現養父市)の八鹿高等学校の教職員らが
学校の体育館に監禁され、
暴行を受けるという事件が起こった。

当時、解放同盟は
八鹿高校内に生徒による部落解放研究会(解放研)を作り、
その公認を求めて学校当局に申し入れていた。
最終的に認められたものの、
認めた校長・教頭と反対した教師たちの間で反目が始まり、
教師達は職員集会を開き、解放研の廃止を決議した。

この「解放研」とは何か?
単なる生徒達の部落問題の研究会か?
事件後の最高裁判決では以下のように言われている。

 解放研は、
 教える者と教えられる者との間に
 良好な教育的秩序が必要な学校教育において、
 その全てを根底から破壊しかねない、
 重大な危険性を帯有しているのみならず、
 指導面でも、教師の指導を排除して、
 教育現場において関係者の
 総学習、総点検の実施を要求する解放同盟の指導を
 至上のものとしており、
 運動体的色彩の濃い生徒の集団であって、
 本来教師の指導、助言のもとに学習活動をすべき、
 クラブ又は同好会とはまったく異質のものであった

この解放研とは解放同盟の下部組織。
解放同盟は教育現場に介入するために
当時、これらの生徒による組織を各学校に作りつつあった。

11月17日、「解放研」の生徒が
八鹿高校内の職員室をはじめ、教師の机の中まで
「差別教師糾弾」のポスターを貼った。

11月18日、解放同盟が介入。
「八鹿高校教師の冷たい仕打ち」なるビラを
八鹿高校前・養父・和田山・新井・生野の各駅前でまき、
解放同盟の宣伝車6台が八鹿高校に入り、
スピーカー演説とシュプレヒコールを繰り返した。

「解放研」の生徒全員21名は
職員室前で座り込み、以下の3つの要求を掲げた。

 1,解放研に3名の顧問をつけること。
   人選は解放研の希望を受け入れること。

 2,解放研と教師達との話し合いを持つこと。
   但馬地区高等学校連合部落解放研究会並びに
   各役員を含むこと

 3,現在の八鹿高校に於ける同和教育が
   部落解放に適切でないことを認めよ。

さらに、解放同盟側のリーダー丸尾良昭が、
マイクロバスで約40名の他校「解放研」生徒を引き連れて
「八鹿高校教育正常化共闘会議の闘争宣言」を
スピーカーで読み上げた。

兵庫高教組八鹿高分会は八鹿警察署長宛に
「我々八鹿高校教職員は不測の事態の為、
職員室、学校より出られない事態にありますので
この状態を早く排除していただくよう要請します」
との要請を行った。
また、身の危険を感じた教師達は、
兵庫県高教組チャーターによる送迎バスにより、
集団で登下校するようになった。

11月20日、
他校の「解放研」生徒らが八鹿高校に集結し、
職員室の出入りが自由にできない状態になった。
さらにこの日から
解放同盟のメンバー約1200~2700人が
八鹿町内で集会とデモを繰り返した。

11月22日、
事態の緊迫を感じた教師達は、
襲撃から生徒を守り、身の安全を守るために、
ホームルームで事態の緊急性を伝えて生徒の下校を促し、
自らも集団下校を行った。

それに対して解放同盟は数百名を動員して襲いかかった。
彼らはまず路上で教師達に暴行を加え、
さらに校内の体育館に監禁し、
13時間に渡って「糾弾」と称して集団リンチを行った。

教師58名のうち、48名が負傷し、
肋骨、腰椎、肩肝骨など骨折し、
瀕死の重傷を負った者も13名に及んだ。

その内容は陰惨そのもので、
殴る蹴るは当たり前で、
牛乳びんで頭をなぐる、髪をつかみ壁や床に頭を激しくぶつける、
たばこの火を顔、首などに押しつける、
ピンでからだを刺す、割りばしで指を詰め、ねじる、
メリケンサックで顔や腹を殴る、
汚水を無理矢理、口に注ぎこむ、
水をぶっかける等を行ない、失神した者もあった。

事件後、主犯丸尾良昭らは逮捕され、
監禁(致傷)・強要・傷害の罪で起訴され、
1990年、最高裁により
部落解放同盟のメンバー13名の有罪が確定した。
八鹿高校教師らが解放同盟幹部を相手取って
損害賠償を求めた民事訴訟でも
解放同盟側は全面敗訴している。

解放同盟の暴力糾弾の頂点を示した事件だったが、
解同タブーに支配された一般のマスコミは
各社とも地方版のベタ記事扱いで
警察発表をごく簡単に伝えただけだった。

当時の朝日新聞神戸支局長は後に回想し、

 「部落解放のための糾弾を
 普通の暴力事件のように報じたら、
 解放同盟イコール暴力集団という誤解を招きかねない」

とのためらいが、
扱いを小さくしてしまったと語った。

また、事件後、当時の兵庫県教育委員会は、
八鹿高校教師を全員転勤させることで
事件の風化を狙い、解放同盟を支援した。

解放同盟は事件の存在は認めたが、
いまだろくな謝罪もしていない。


と、こういう事件です。
こういう暴力事件が現実に起きたわけです。

解放同盟の犯罪なんて
枚挙に暇がないぐらいあるけれど、
この事件の陰惨さは想像を絶している。

事件を平然と起こし、人に暴力を振るい、
他者の人権を傷つけながら
謝罪と反省の言葉も出てこない。

また、マスコミと地方行政はそれを擁護し、
事件を矮小化しようとする。
これは前回に書いた矢田事件と全く同じ構造。

こういう団体が「糾弾権」を求め、
人権擁護法可決を推進する理由として

  公権力の不当な介入の排除
  確認・糾弾への不当な介入の排除

などと言う。
ふざけるなよと言いたい。

国法がこういう犯罪集団のいいように利用され、
国民が彼らの人権暴力に怯えるなど戦慄そのもの。

こういう犯罪集団が熱心に人権擁護法を推進している。
これを善意で受け止めますか?
真の人権擁護につながると思いますか?



人権擁護法案を危惧する国民協議会
 人権擁護法案を考える市民の会


人権関連法案突然の再浮上:仕掛けは解放同盟

エセ同和行為の源流

部落解放同盟犯罪史

部落問題 - Wikipedia


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「人権擁護法を考える緊急大会」ミニレポート。
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by misaki80sw | 2005-04-20 00:55 | 人権擁護法