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by misaki80sw

ジェンダーフリー考 その7・・教育の惨状(中編)


さて、今回は実際の教育現場における、
ジェンダーフリー思想の浸透を書きます。

まず、前置きとして書いておきますと
ジェンダーフリーが学校現場に浸透する場合、
だいたい、以下のパターンをとります。

◇男女混合名簿の実施
    ↓
◇男女の呼称を「さん」で統一
    ↓
◇男女別学の廃止
    ↓
◇男女混合体育
    ↓
◇混合の着替え
    ↓
◇修学旅行などの男女同室の宿泊
    ↓
◇男女別の色の否定(学生服・体操服)
    ↓
◇過激な性教育の推進(具体的な絵や人形を使って)

「男女混合名簿」というのは、
生徒の名簿が男女別に分かれていて
必ず男が先にくるのは「男女差別だ!」という発想で、
男女を混合させ、50音順の名簿を作ること。

区別と差別の違いも分からない哀れな発想だけど、
ジェンダーフリー論者が教育への浸透を狙う場合、
必ずここから入る、いわば彼らの初歩的戦術。

この「男女混合名簿」を基点として
だいたい以上のような流れで汚染が進行していく。
「学校ジェンフリ度早見表」みたいなもんですな。

さて、これを前提として
いくつかの教育現場の実例を書いていきます。


<国立市の小学校>

国立市は、卒業式での国旗掲揚をめぐって
小学生が校長に土下座を迫るなど、
いまや全国の左翼の理想郷と化した市だが、
ジェンダーフリー教育や過激な性教育でも
一大拠点となっている。

こうした理想郷を育むために
ジェンダーフリー論者の教師達が
最初に手をつけたのが「男女混合名簿闘争」なるのもの。

この経緯は、
「どうして、いつも男が先なの?―男女混合名簿の試み」
(新評論刊:平成九年)という本に詳しい。
編者は「男女平等教育をすすめる会」で、
国立市で男女混合名簿運動に血道を上げてきた、
左翼組合教師の集団である。

ちなみに、この本の出版には
東京女性財団の助成金が使われた。
この東京女性財団は東京都の外郭団体。
助成と称して、左翼系・ジェンダーフリー系の事業・刊行物に
毎年億単位の資金を供給してきた。
これに怒った石原都知事が
平成12年に東京女性財団を廃止した。

さて、ジェンフリ教師らの「男女混合名簿闘争」。
まず、国立市の小学校一年担当のある女教師が
男子生徒が先だったクラスの名簿を、女子を先にした。
ここが全ての始まり。
次に、女教師は男女混合名簿に切り替える。
さらに朝礼で、それまでの男一列・女一列から、
男女混合で各クラス二列に並ばせるようにした。

教師らは周囲の抵抗を押し切って、
学校の中に男女混合を順次取り入れてゆく。
男女混合はやがて運動会に及ぶ。
はじめは組体操・騎馬戦程度だつたが、
結局徒競走もリレーも男女混合になり、
最終的に運動会から
男女別種目を抹殺することに成功する。

さらに、入学式や卒業式にも男女混合を持ち込む。
式の入退場、座席順、卒業証書の受取り順、
すべて男女混合。

ある女性教師の言葉。

  「学級で、児童会で、クラブで、
  学校行事で、男女の区別をなくした。
  教師のちょとしたアドバイスで、
  子どもたちは『らしさ』や
  役割分業のしがらみを飛び越えた。」

男子に「頑張れ」と激励すると、
男らしく頑張ってしまうので、
男子には「頑張れ」と言うのは禁句になった。

  「歌なんかは『僕』って言葉がすごく多いの。
  頭にくるほど『僕』が多いの。
  『僕』のない歌を探すくらい。
  『私』ではなくて『君と僕』とかね。
  それをパッと見たりするとムラムラして。」

やがて彼女らは、混合名簿を実施したクラスの生徒に
アンケートを取った。

 Q,男女混合名簿は
   男女平等の考え方につながると思いますか?

 A,回答
            女   男
  ・思う       16  12
  ・思わない     0   2
  ・わからない    1   0

嗚呼、これぞ洗脳効果。
2名の勇気ある男子生徒を誉めてあげたい。

「男女混合名簿闘争」に勝利した彼女らは、
続々と国立市内の小学校を
ジェンダーフリーに染め上げていく。
この様子は「学校をジェンダーフリーに」(明石書店)
という本に詳しく載っている。

1,消えた「どろんこまつり」

小学校6年生の教科書(光村図書)に
「どろんこまつり」(今江詳智作)という作品が載っていた。
気弱で「女っぽい」男の子と、
お転婆で「男っぽい」女の子が、
最後にどちらも本来の男の子・女の子に立ち戻るという物語。
これがジェンフリ教師達の逆鱗に触れた。

  「『らしさ』に『立ちもどる』ことにより、
  女も男も幸せになれるといった内容の、
  性差別をあまりにも強く全面に出している作品で、
  このまま見過すことはできないと思われた」

彼女らは早速、光村図書出版の担当者を呼んで
「話し合い」と称する糾弾集会を開催。
教科書の採択権は事実上、教員組合が握っているため、
これをカサにきたつるし上げを行った。

結局、光村図書は教師らの脅しに屈して
次のような回答書を提出する。

◇女性の書き手を増やし、
  三分の一以上は女性の作品にしたい。
◇子どもの作文も、男女同数にしてゆく。
◇女の子が活躍する文学作品を取り上げてゆく。
◇イラストも女性の描いたものを載せるよう考慮したい。

そしてこの作品は次の教科書から掲載されなくなった。


2,学芸会でフェミニズム童話を上演

小学校の学芸会での演劇。

  「女の子が主人公の作品が極端に少なく、
  あっても女の登場人物は役割分業そのもの、
  美しいお姫様や優しいお母さんといった具合。」

そこで、有名なフェミニズム童話、
「アリーテ姫の冒険」を上演することになった。

  「アリーテ姫はかしこくて勇気のある女の子、
  しかも乗馬うまく、いわゆる男らしい特技だけではなく、
  縫い物をし、絵を書きダンスをするのが好きという、
  女の子らしい特技も備えている」

原作『アリーテ姫の冒険』について

問題なのは事前の指導である。
授業で「女はかしこくない方がいいか」という、
ショッキングなテーマを取り上げて
3つの事を生徒に考えさせた。

  「女はかしこくなんかない方がいい」
  という王様の言葉から
  女のあるべき姿と社会的偏見について考える。

  難題を解決する冒険の過程の中で、
  力、武器を使わなかったことから
  何が本当の力かを考える。

  お姫様が登場するほかの童話との違いに気づき、
  どちらのお姫様が生き生きとして
  魅力的かを感じ取らせる。

女性に対する偏見と差別。
力や武器に頼らない平和的な行動。
行動する女性は素晴らしい。
この3パターンを
劇を素材として生徒にたたき込んだ。


3,男女混合の運動会

男女の性差を無視して、
運動会の競技すら混合で行った、

  「学校行事の運動会は、
  整列・行進をはじめとして徒競走や組体操までも
  意味もなく女と男を分けるようになる」
  
  「ブルマーの女の子と
  ショートパンツの男の子が入り交じってるよりは、
  整然と分かれてる方が見た目には確かにきれいである。
  そろってるからだ。
  このそろってることがきれいという美意識は、
  実は上からマスを見下ろす教師と
  観客である大人たちのものであり、
  主役である子供達のものではない」

などという意味不明の理屈を並べ立てて、
選手リレー・ダンス・騎馬戦、
さらには応援団に至るまで、
全てを男女混合で行うようになった。


4,「男女平等教育指導手引」の作成。

国立市は現場の教員などをメンバーとする、
「男女平等教育推進委員会」を発足させ、
「男女平等教育指導手引」を作成した。

この「男女平等教育指導手引」。
内容はジェンダーフリーに満ちている。
この中に「ジェンダーチェック」ってのが載っている。
まあ、ご覧くださいな。

国立市男女平等教育指導手引P.59~:
 ジェンダーチェック


さらに、こちらもどうぞ↓

「国立市教委男女平等教育指導手引」に見る家族像


国立の小学校は
かくして急速にジェンダーフリーに汚染されていく。

この男女混合名簿闘争から十数年後。
男女混合名簿の実施率は小学校でほぼ100%に達し、
国旗国歌の実施率は0%になった。

そして、各校で学級崩壊が起きた。

  国立市の小学校の朝礼を見ると、
  児童がまっすぐ並んでいないで
  蛇行しているクラスが多い。
  これは『前に習え』が軍隊的だからと、
  組合教師が号令を拒否しているためだという。
  あるいは、授業の始めの
  『起立』『礼』も軍隊的だからとしない。
  だからいつの間にか授業が始まり、けじめもない。

  先生が教室に入ってきても騒然としており、
  授業が始まっても平気で、
  後ろを向いて友達と私語を交わしている子どもが多い。
  それに先生が注意をしようともしない光景を見て驚いたが、
  先生は全く無関心で授業を行っている。

  「正論」平成13年3月号「国立通信第5弾」


ジェンフリ教師達は男女の区別を無くし、
生徒指導や規律を廃止してしまった。
教室は授業を聞く場でなくなった。

生徒の父兄達は事の異常さに驚き、
東京都教育委員会が指導に乗り出したが、
いまだ正常化の見通しはたっていない。

ちなみに、国立市の公立学校教師の多くは、
自分の子供を私立に通わせている。
馬鹿な話しだ。
農家が、農薬漬けの農産物を市場に出して
自宅で食べるものには農薬を使わないことに似ている。


さて、次は福島県の橘高校の例をあげます。

<橘高校のジェンダーフリー教育>

橘高校は、かつては女子校で
福島県女子高等学校というエリート校だった。

ここが男女共学になり、校名を変更すると共に、
ジェンダーフリーを教育に取り入れた。

この学校の方針は以下。

◎名簿は男女混合名簿にする。

 ◇ジェンダー・バイアスの象徴である、
  「男子優先名簿」は採用しない。
 ◇「呼名」をする場合(入学式、卒業式、表彰式等)、
  男子を先、女子を後にするようなことはしない。
 
◎座席は、男女を別々にまとめない。
 
 ◇教室内で座席を決める場合には、
  名簿順とか無作為に決めた座席とし、
  意識的・意図的に男女を分けない。
 ◇自主的に集合する場合にも、
  同性同士で「かたまり」を作らせないように配慮する。
 
◎整列させる場合、男女別にしない。

 ◇「男子を優先」し又は
  「男子・女子と分ける」するような整列のさせ方をしない。
 ◇視野を確保する必要がある場合には、
  身長の順にすれば良い。
 
◎男女別の部編成には合理的根拠を示す。

 ◇男女別の部を設置する場合には、
  その合理的根拠を明示する。
 ◇部内の役割を決める場合
  (マネージャーの設置、オーケストラ楽器の分担等)、
  合宿を行う場合「性役割分業」(炊事は女子の役割等)を
  固定してはならない。
 
◎「制服」を男女同型とする。

 ◇男女同型のブレザーを「標準服」とする。
 ◇男女同型にし、女性に「スカートをはくべし」とする、
  暗黙のうちに強制・受容されてきた「男女特性論」を
  排除するというメッセージを含む。
  
◎下足箱、ロッカーの配置も男女別にしない。

 ◇これらを男女別にする合理的根拠は見あたらない。
 ◇更衣室は厳格に区分けする必要がある。
  
◎性別による「色分け」は行わない。

 ◇運動着(水着を含む)、
  ユニフォーム等を購入させる場合、
  男子は「寒色系」、女子は「暖色系」と
  区分けする合理的根拠はない。
 ◇既に保健体育科では、
  ユニフォームは男女同色としている。

◎男女別クラスを作らない。

 原則として男女別クラスを作らない。

◎進路指導では「トラッキング(tracking)」に留意すること。

 ◇授業者、指導者が「性役割分業(分担)論」
  「男女特性論」に基づいた指導をしないように配慮する。
 ◇根拠のない「特性論」により
  (「女の幸せは・・・だ」とか、
   専業主婦を無批判的、無条件に支持する等)、
  生徒の個別的能力の伸張を阻害してはならない。

◎性別カリキュラムは原則として採用しない。

 家庭科は、男女共修を原則とするので、
 男女別履修をさせる根拠は見あたらない。

◎校務分掌の任命に当たっては、構成比に配慮する。

 ◇男女別教員定数をどうするかを考慮する。
 ◇校務分掌上、男性教員を「優先」するような
  配置をしてはならない。

◎セクシュアル・ハラスメント及び性的暴力は
 絶対許してはならない。

◎授業展開過程でジェンダー平等を意識すること
   ・
 ◇指名が片方の性に偏らないこと。
 ◇生徒の発言内容、発想に
  ジェンダーの視点が欠ける場合には、
  教科を超えて指導の対象とする。
 ◇女子を「さん」付け、男子を「君」付けと
  呼び分けすることをしない。
 ◇教師自らが、無意識のうちに使用している差別語、
  例えば、「父兄」「主人・家内」といった呼称に
  細心の注意を払う。
 
◎学校、学級行事等で「性役割分業」を黙示的に継承しない
 
 ◇生徒会役員、学級役員、応援団(幹部)を決める場合、
  男子優先を固定しないこと。
  応援団に男子生徒が入って来ることで、
  女子は即チア・リーダーという短絡的発想を排除する。
  応援団の女子生徒の羽織袴姿は
  本校では不思議な光景ではない。

◎生徒指導の面で差別を助長しないこと。
 
 ◇励まし方(「男らしくしろ」等)にも
  善意からであっても無意識に
  ジェンダー・バイアスが入ることがあるので
  細心の注意を払う。
 ◇叱責する場合(「女らしくない」等)にも、
  ジェンダー・バイアスが出やすいので注意を要する。

◎性教育は、計画に従って行う。

 性教育は、特定の分掌・教科にのみ任せるのではなく、
 全教職員が、あらゆる機会を利用して
 全校的に意識的・意図的かつ組織的に行う。


福島県立橘高等学校HP

新生男女共学「橘高等学校」で、
 「男女共同参画社会形成に資する教育」をどう展開するか


「標準服」設定にあたって


以上です。

徹底しています。
凄まじい限りです。
こういう学校で学んだらどうなるんでしょうかね?

それ以前に、この学校は県立校なわけで
県民の税金で運営されています。
こういうことをやっていいのでしょうか?

この件に関する産経新聞の記事↓

福島県教委「ジェンダーフリー」掲げる県立高
 表現見直しを指導


まあ、この記事にも書いてるけど、
橘高校は福島県教委に
「ジェンダーフリーという言葉は使うな」と指導され、
「ジェンダー平等」という言葉に置き換えたとのこと。
アホらし。
全く意味なし。

ある意味、ジェンダーフリーを徹底したら
どういう学校になるかという見本のような学校です。


さて、お次は神奈川県のジェンフリ教師の
トンデモ論文を紹介します。

前述した「学校をジェンダーフリーに」(明石書店)
という本に載っていて
あまりにも馬鹿馬鹿しいので紹介しておきます。

<女子マネージャー撤廃論>

 高校生にとってモテるというのは重要なことである。
 ある者はスレンダーな体になるために
 摂食障害におちいる。
 またある者は、お金の力に頼りたくてバイトに明け暮れ、
 使い捨て低賃金労働者として搾取される。 
 モテたいがために本来あるべき自分の姿を
 不本意な形でねじまげてしまうことはよくあることだ。
 この文脈上に女子マネージャーがいる。
 
 家庭や学校で繰り返し繰り返し
 男と女は違うというメッセージを送られつづけ、
 その与えられた価値観により
 モテることを選ぼうとするときに
 ゛好きで゛マネージャーを選ぶ生徒が生み出される。
 
 つまり、女子マネージャーは強制ではないが、
 性差別社会において刷りこまれた意識によって
 ゛選び取らされた結果゛として存在する。
 いったいどこに自らすすんで
 自分を中心部ではなく
 周辺部に置きたがる人がいるだろうか。
 本来ならば、選手として関わりたいと思うはずなのに、
 女子マネージャーが後を絶たないのは、
 男達の裏方に回ることがむしろ高く評価されることを
 彼女たちが知っているからである。
 
 自分がメインステージに立たず
 他者に夢を託すという彼女たちの姿は、
 夫や子供に夢をたくす゛妻゛や゛母゛の姿に見事に重なる。
 こうして、女たちは自らの糧を自らで得るという、
 当たり前のことができなくなり、家庭に囲い込まれ、
 自分自身を生きることを辞めてしまうのである。
 

だそうです。

こういう人間が教師をやり、
生徒を指導してるわけです。

この論文は神奈川県の教員組合の大会で発表され、
いろいろと反響を呼んだとのこと。
さらに朝日新聞でも取り上げられたとのこと。

 いったいどこに自らすすんで
 自分を中心部ではなく
 周辺部に置きたがる人がいるだろうか。

 自分がメインステージに立たず
 他者に夢を託すという彼女たちの姿は、
 夫や子供に夢をたくす、
 ゛妻゛や゛母゛の姿に見事に重なる。

この人は「献身の美徳」の価値が
さっぱり分からない人なんでしょう。
はなっから女子マネージャー志望者は
「モテること」が目的と決めつけている。
哀れな人だね。


さてさて、3つの事例をあげました
他にもいろいろ載せたいことはありましたが
誌面の都合で端折らせてもらいました。

今や日本全国で、程度の差はあれ、
この種の教育が行われている。
前回の「教育の惨状(前編)」で書いたとおり、
偏向教科書を元にして、これまた偏向教師達が
日夜、この思想の刷り込みに狂奔している。

こういう教育現場におけるジェンダーフリーの浸透は、
常識人やまっとうな発想を持った人間からすると
あまりにも奇異な内容に映る。
何故、かくも常識からかけ離れた教育が
あちこちで展開されるのか?

理由は2つです。

1,教職員組合(特に日教組)が
  ジェンダーフリー推進を運動方針としていること。

2,文部科学省がこの動きを後押ししていること。

組合と監督官庁が
ジェンダーフリーに偏向している。
それじゃあ、ああいう教育になるのが当たり前。

日教組は積極的に
ジェンダーフリー教育を推進している。
90年代の社会主義圏の崩壊により、
理念を見失ってしまった彼らだが、
今やジェンダーフリーという新たな思想を手に入れて、
嬉々として全国の教育現場で生徒を洗脳している。

日教組教研集会「ジェンダーフリー」報告

日教組:ジェンダーフリーパンフレット

さらに文部科学省。
男女共同参画基本法の成立後、
自らの進めてきた「ゆとり教育」の失敗を糊塗するためか、
彼らもジェンダーフリーには熱心である。
もっとも彼らはジェンダーフリーとは言わない。
単に「ジェンダー」と言うか、
「男女共同参画」という言葉を使っている。

彼らの偏向事例を2つあげておく。

文部科学省が推進する、
「ゼロ歳児からのジェンダー教育推進事業」。
赤ん坊のうちからジェンダーフリーの
精神を身につけさせようという試みで、
全国の幼稚園や民間団体になどに委嘱して
幼稚園児にジェンダーフリー教育を行っている。

昨年、香川県の幼稚園では同事業の一環として
ジェンダーフリー人形劇を上演した。

以下、四国新聞の記事。

☆子ども本来の力を、偏見で押しつぶさないで―。

 「子どもと女性のエンパワーメント香川」
 (宮内大子代表)が二十八日、
 高松市屋島中町ののぞみ幼稚園(樫村エミ園長)で、
 ジェンダーフリーに関する人形劇を上演。
 四歳児十五人に「男だから、女だからというイメージで
 役割を決めつけないで」と訴えた。

 ジェンダーフリーとは
 男はたくましく、女は優しくといった、
 文化的、社会的に作られた性差にとらわれない考え方。
 同団体は偏見や差別が、人間が持って生まれた力を
 十分発揮できなくするという考え方に基づき、
 文部科学省から委嘱を受けて
 「〇歳からのジェンダー教育推進事業」を行っている。

もう一例。

文部科学省が設立した、
埼玉県の「独立行政法人国立女性教育会館」。
独立行政法人となっているが、
実際は税金で運営されている。

通称「ヌエック」と呼ばれていて
全国のジェンダーフリーの総本山みたいな建物。
ここでジェンダーフリー関連の
講演やセミナー、果ては教師の研修などが行われている。

毎年8月になると、
この女性教育会館最大のイベントが開催される。
「女性学・ジェンダー研究フォーラム」。
これに日本全国からフェミニスト団体、
ジェンダーフリー活動家らが集まってきて、
ジェンダーフリー教育、性教育、
ドメスティック・バイオレンス、従軍慰安婦など
いかにもそれ系のテーマで討論や発表を行われている。

この建物を管轄しているのが
文部科学省生涯学習局男女共同参画学習課。

そうです。
お国が税金を使って
ジェンダーフリーを後押ししているわけです。


文部科学省+日教組。
この2つがタッグを組めば
教育現場にジェンダーフリーが浸透するのは
ある意味、当たり前な話し。

この流れに抵抗しているのは
真っ当な感覚をもった硬骨な教師と地方議会の議員、
それに事態の深刻さに気づいた一部の父兄たちのみ。

教育現場の惨状は
かくも根深く日本を覆っている。


さて、次回は、
教育現場での過激な性教育の実態を書きます。
まあ、もの凄い内容です。
皆様、覚悟しておいてください。



反フェミニズムサイト

のまりんの部屋

長尾誠夫のHOTPAGE

新・国民の油断
 「ジェンダーフリー」「過激な性教育」が日本を亡ぼす
 西尾 幹二 (著), 八木 秀次 (著)



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ジェンダーフリー考 その2・・尻尾の無い狐
ジェンダーフリー考 その1・・堂本県政の狂思想

左翼最後の悪あがき:「無防備地域宣言」運動。
ドイツと欧州、左翼思想と国家の衰弱。
外国人地方参政権問題その4・・オランダの荒廃。
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by misaki80sw | 2005-03-25 02:30 | 反ジェンフリ・反フェミニズム