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by misaki80sw

ジェンダーフリー考 その6・・教育の惨状(前編)


今回は、ジェンダーフリー思想の
教育分野への浸透を書いていきます。

これに関しては
かなりな文量になりましたので
「前編」「中編」「後編」の3回に分けて連載します。

◇教科書の惨状

◇男女の性差を否定する教育現場

◇過激な性教育+教育総論

今回の前編は、「教科書の惨状」について。


生まれ持った男女の性差を否定し、
そんなものは教育や文化・伝統によって
押しつけられたものに過ぎないとジェンダーフリー論者は言う。
そして、その性差を解消することが必要であると
彼らは主張する。

教育の場において、
この狂った思想がどのくらい浸透しているのか?
それは教科書を見れば一目瞭然。
ひどいものです。
半ば制圧されたと言っていい。

特に、家庭科の教科書がひどい。
世の中の父兄達は、家庭科というと
家庭を築くための理念や技能を教える科目だと
思っているのだろうが、現実は全く違う。

今、家庭科教科書の約半数に
「ジェンダーフリー」という名称が記載されている。
教育図書、実教出版、開隆堂、
第一学習社、教育図書、大修館

さらに男女の性差を本来無いものとし、
伝統的な家族や夫婦のあり方を否定する記述が
堂々と記載されている。

以下、実例をあげます。


◇『家庭基盤』 実教出版

 近年は、結婚しても家庭をもつことが
 あたりまえという考え方から、
 さまざまな生き方の選択を認め
 多様な家族のあり方が受け入れらるようになった。

 別姓を選択する夫婦、
 「家」制度を継承する先祖代々の墓に入るのをさけて
 夫婦の墓や共同墓地をつくる人たちも増えている。

 家族に対する柔軟な考え方は
 多様な暮らしを認め合う社会をつくる。
 親子や夫婦がさまざまな事情で別居しながら、
 協力関係をきずいてる家族や、
 親族でない者同士が
 共同生活者として一緒に暮らしてる世帯も、
 特別な例とは受け取られなくなった。


◇『家庭一般21』 実教出版

 日本は欧米先進国と比較しても
 離婚率はあまり高くない。
 では、日本の夫婦関係は良好かといえば、
 そうともいえない。
 
 離婚後の経済事情を考えれば
 結婚生活をつづけざるをえないケースなども
 あるからである。

 離婚、一人親家庭、夫婦別姓、未婚の母、
 事実婚には抵抗感がうすらいでるが、
 同性カップルにはまだ抵抗感が強い。

 専業主婦として、
 日中家で子供と過ごす母親は
 生き甲斐は子供だけになり、
 いっぽうで孤立感やいらだちを募らせる。
 子供は友達との関係が築けなくなる。

 最近では、母性と父性、
 母親役割と父親役割を明確にせず、
 やさしさやきびしさ、受容性と規範性は
 母親も父親ももちあわせているとの
 考え方がなされている。
 家事も育児も習熟すればどちらでもできることであり、
 男女共通に親役割をになうところから、
 親性が育つと考えられている。

 100%安全で、確実な避妊法が無い現在では
 望まない妊娠の可能性はつねにある。
 やむをえず産めない場合には母体保護法において
 人工妊娠中絶という方法を選択することもあるだろう。
 こうした選択肢は、
 女性の基本的人権の一つとしてとらえることができる。


◇『家庭総合』 関隆堂

 長い間、家庭のことは、
 女性が受けもつとされてきました。
 しかし、今、世界中が、
 性別で役割を固定することなく、
 自らの意思のもとに、家庭にも祉会にも
 参画する社会をめざして取り組みを始めています。
 性に関係なく、だれもが
 家族・地域・祉会に参画する視点から学びます。

 日本では「男は仕事、女は家庭」と、
 性別で役割を固定してみる割合は、
 若い層を中心に減ってきている。
 しかし、諸外国に比べると賛成する人の割合は高く、
 性別役割分業の意識はいまだ根強い。

 性別役割分業の撤廃は
 21世紀の世界共通の課題といえる

 夫婦はたがいの協力で
 家庭を築いていく対等な間柄である。
 しかし、「男は仕事、女は家事・育児」という、
 性別役割分業の定着は、
 実質的な男性優位の状況を生みだした。

 収入のある人と収入のない人の関係は、
 家族のなかで力(権力)をもつ人と、
 もたない人を生じさせる。
 ドメスティック・バイオレンスなど、
 今日的問題となっている現象は、
 家族のなかの力関係が
 反映されていると考えることもできる


◇『家庭総合』 東京書籍

 それぞれの人が家族と考える範囲は
 人によってそれぞれ異なっている。
 多くの場合、父、母、祖父、祖母、兄弟、
 夫、妻など、結婚や血縁などによって
 自分とのつながりの深い人々を家族と考えている。

 しかし、たとえば祖母は孫を家族と考えていても、
 孫は祖母を家族と考えない場合もあるだろう。
 家族の範囲は全員が
 一致しているとは限らないのである。
 犬や猫のペットを
 大切な家族の一員と考える人もいる。


こんな感じです。
ひどい内容です。

執筆者の意図はミエミエ。
伝統的な家族や夫婦のあり方を否定的に書き、
男女の分業体制をあたかも悪いことにように言う。
特に専業主婦を貶める。

彼らは専業主婦とその子供の関係に関して、
よく「母子癒着」という言葉を使い、
母親の育児ノイローゼや児童虐待を生み出すと書く。

「父性」「母性」という言葉を否定的に書き、
「育児性」「親性」という言葉に置き換える。

教科書以上に露骨なのは、
教科書付属の教師用の虎の巻である「指導資料」。
こっちの内容がひどい。

◇『家庭一般21:指導資料』 実教出版 

 日本の家庭生活についての満足度は
 諸外国と比べて決して高くない。
 家族は、親密性と同時に
 抑圧感をもたらしているのである。

 家族の抑圧感は、
 一つには家族役割の固定化から生じている。
 女は家庭で家事・育児・介護に、
 男は社会で仕事に従事するという性別役割分業体制が
 母親の育児ノイローゼや空の巣症候群、
 父親の蒸発や退職後の喪失感を生み出している。

 “愛がなければ性交してはいけないんだよ”
 という考えの押しつけがあってはいけない

これなんか衝撃そのもの。

 家族と性別役割分業
    ↓
 ◎家族の抑圧感
 ◎母親の育児ノイローゼや空の巣症候群、
 ◎父親の蒸発や退職後の喪失感

この公式を教え込もうとしている。
さらに愛無き性行為の助長。

いまだ規範や倫理の骨格が定まっていない小中高生に
ジェンダーフリー思想を刷り込み、
伝統的な家族のあり方や性規範を
破壊しようとしている。

こういう教科書がよく検定に通ったと思うよ。
この状態では「検定」って何の意味があるのか?

ジェンダーフリーに汚染されているのは
何も家庭科の教科書だけではない。
現代社会・倫理・政治経済、さらには国語や英語まで
ありとあらゆる教科書に
ジェンダーフリーが登場する。

では次に、国語の実例をあげましょう。

◇『伝え合う言葉』 教育出版

 *青木やよひ:執筆
  「ちょっと変じゃない?」という文章。
  実はこの人、60年安保の闘士で
  バリバリのジェンダーフリー論者。

 ほんと、大人ってよく言うんだよね。
 「男の子らしくない」「女の子らしくない」って。
 どうして日本の大人は「女らしさ」「男らしさ」に
 あんなにこだわるんだろう?
 だいたい正体も確かめず人に押しつけるなんて
 おかしいよね。

 子どもが気にいらないことをすると、
 “らしさ”を押しつけてくる。
 おてんばな女の子や、内気な男の子のほうが、
 大人になっていい仕事をするっていう説もある

 (21世紀は)よその国の人々や
 地球上の他の生き物たちとも、
 共存していかなければならない。
 女だから・男だからという考えにこだわっていると、
 違う文化の人々ともうまくつき合えない。

 差別の根っこというものは、
 自分でも気づかずに人の心の奥深くでつながっている。
 お互いの違いはしっかり認め合い、
 そのうえで対等な立場から相手を理解し、
 協力することが大切。


こういう人に教科書に記述させる意図は何だろうか?

「お互いの違いはしっかり認め合い」と言いつつ、
男らしさ・女らしさを懸命に否定しようとする。
この論理倒錯ぶりはジェンダーフリーの典型そのもの。


もう一つ、国語の教科書をあげておく。
こっちには日本のジェンダーフリー論者の
論拠の一つとなっている「ミード説」について書いてある。

「ミード説」とは、マーガレット・ミードという人物が
ニューギニアで行った研究がもとになっている。
ミードは「現地のチャンプリ族は
男女の役割分担が逆転しているように見えた」
という内容を本に著した。
それがフェミニストにより
「性別役割は文化、社会だけで決定される」との
見解にまとめられた。

◇『展開 国語総合』 桐原書店

 *「ジェンダーの視点から」という評論。
  「メンズリブ」代表で
  大阪大学教授である伊藤公男氏が書いた。

 ミードの議論は、
 男らしさや女らしさが文化によって変化すること、
 つまり、男性役割や女性役割が
 文化や社会によって作られたものであること
 を明らかにした点で画期的な研究だった

 生後のしつけや教育によって生物学的な性が強化され、
 またどちらかの性で生きるか決められることもある

 男女に性差はない。
 ジェンダーが人為的に作られたものならば、
 それを人為的に変えることもできる。
 固定的な役割分担は女性差別である。


この「ミード説」というものは
前に解説した「マネー理論」と同じで、

ジェンダーフリー考 その5・・ブレンダと呼ばれた少年

すでに米国では破綻した説に過ぎない。

ミードのチャンプリ族研究は
その後の再調査によって
誤りであったことが判明している。

米国のフェミニスト社会学者の
ジェシー・バーナードは

 男と女に使われている形容詞に注意を払わずに読めば、
 チャンプリ族は他の種族と変わらないのではないか。
 狩人は男であり、子供に食事を与えているのは女である。
 男女の役割が逆転しているように示しているのは
 ミードが使っている形容詞のみである

と述べている。

ミード自身も
「自分は性差の存在を否定するような実例を
見つけたなどとは、どこにも書いた覚えはない」
と述べている。

要は、フェミニスト達が
自らの論理補強に勝手に利用しただけ。

しかし、これも「マネー理論」と同じく、
日本のジェンダーフリー論者達は
この説を後生大事に抱え、
いまだに自分たちの思想の論拠としている。

まあ、彼女らが狂うのは勝手だが、
その破綻した学説が
何故、国語の教科書に掲載されるのか?
何故、子供達に教えられなければならないのか?

かくなる教科書の惨状。
しかし、これを是正しようとする動きも起きている。
以下、産経新聞の平成16年11月の記事。

ジェンダーフリー教科書「見直しが必要」文科政務官

 妊娠中絶や離婚を肯定的に表現している、
 高校の家庭科教科書などが
 検定を通過していることについて、
 下村博文・文部科学政務官は十七日、
 学習指導要領の見直しを含めた対応を
 とる考えを明らかにした。
 参議院「少子高齢社会に関する調査会」で
 山谷えり子委員(自民)の質問に答えた。

 下村政務官は、離婚や浮気を肯定したり、
 同性婚や人工中絶を基本的人権と
 表現している高校の家庭科教科書が、
 不適切ではないかとの指摘に
 「その可能性は十分ある」とした。

 その上で「文部科学省の中において、
 学習指導要領の在り方を含め、
 もう一度見直していくことは必要と思っている」と
 過激な性教育や性差を否定するジェンダーフリー思想が
 教科書に盛り込まれている現状に
 対応が必要との考えを示した。

おうおう、早いとこ対応してくれ。
っていうか、今まで何をしてたんだよ、文部科学省!


教育の要であり、
学習の基本である教科書がこの有様です。
もう呆然としか言いようがない。
完全にジェンダーフリーに汚染されている。

国会での山谷えり子議員の質問など
是正の動きもあるけれど、
そのスピードはあまりにも遅々としていて歯がゆく感じる。

私は、この勢力の教育分野への浸透ぶりに
危機感を感じざるをえない。
男女共同参画基本法の成立や、
内閣府の中に存在する男女共同参画会議のような、
国家の根幹の部分を
ジェンダーフリー論者に握られた「劣勢」を
嘆かざるをえない。


さて、次回は、
教育現場でのジェンダーフリー思想の浸透を
具体例や個別の学校名をあげて書きます。



Web版「正論」:
 子供たちに家族解体を教え込む教科書の恐怖


教育基本法改正案、会期延長なら提出
 下村文科政務官


のまりんの部屋:山谷参議の国会質問

新・国民の油断
 「ジェンダーフリー」「過激な性教育」が日本を亡ぼす
 西尾 幹二 (著), 八木 秀次 (著)


反フェミニズムサイト


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by misaki80sw | 2005-03-23 00:09 | 反ジェンフリ・反フェミニズム